リアルな陰影にこだわった映像美。映画館に迫る臨場感を味わえる『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の4K ULTRA HD Blu-ray(以下、4K UHD)が発売された。『ガンダム』作品としては、これまでも『機動戦士ガンダム』劇場版三部作などが4K UHDで発売されてきた。しかし、本作は劇場公開においてもドルビーシネマで上映されるなど、マスター素材から映像は4K HDR、音声はドルビーアトモスで制作されている。
今回は作品の4K化とHDR化の作業を担当した株式会社キュー・テックの今塚誠さん、久保田隆史さんへのインタビューをまじえて、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の優れた映像美について解説していきたい。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は、サンライズのスタジオで従来の劇場公開作品と同じようにHD解像度(SDR)で制作され、キュー・テックのスタジオで4K HDR化の作業を行っている。さらに、ドルビーシネマ版では、実際にドルビーシネマの劇場で上映して最終的な確認と調整を行って完成している。パッケージ版として発売される4K UHD版は、4K HDR化の作業をHDR10方式で再度行い、ドルビーシネマ版の見え方をベースとしながらも4Kテレビで視聴するパッケージ版としての見え方を調整、制作スタッフの監修を経て完成している。
4K解像度でもHD解像度と同じように見えることが鉄則
作業の手順では、まずはHD解像度の素材を4K解像度に変換するアップコンバート作業が行われる。その作業について、担当したキュー・テックの久保田隆史さんに聞いた。
「アップコンバートとは拡大するようなものですから、機械的にアップコンバートをすると、輪郭や細かな線がジャギーでギザギザになってしまうことがあります。また、映像圧縮で生じるノイズや本来はないはずの擬似輪郭や色ノイズも生じやすいです。そうしたノイズや不要なものが発生しないように、パラメーターを細かく調整します。クリアさを意識しすぎると映像が固くなりますし、甘くなってもいけません。このあたりは作品によっても幅がありますので事前にきちんと打ち合わせをしています。肝心なことはHD解像度と4K解像度で見たときに同じように見えることです」(久保田隆史さん)
HD解像度と同じように見えるというのは少々意外かもしれないが、アップコンバートの作業では情報を増やすわけではないということ。とはいえ、これまでに4K HDR化された作品では、ディテールが鮮明になっているとか、よりクリアな映像になっていると感じた人は多いだろう。これは、4K化によってジャギーが目立ったりノイズが気になるようなことがないようにし、4K化しても作品の粗が出てしまわないように丁寧に処理しているために、今まで気付かなかったものが見えると感じるのだそうだ。
「HDをそのまま4Kにすると甘くなった印象になるので、ディテールの再現は細かく調整しています。HDR化でも見た目の印象は変わりますので、強い光のあるシーンはディテールなどはほとんど変えません。暗いシーンや強い光のないシーンでは少しディテールを出す調整もしています。本作はわりとディテールを出す方向で調整しましたが、あくまでもHDで見た印象がそのまま4Kになるようにしています。アップコンバートした映像のチェックで大きな修正が入ることはほとんどありません。今回の場合はドルビーシネマでのチェックの時に、劇場の大きなスクリーンで見たときの見え方で、少しディテールの再現を柔らかくしています」(久保田隆史さん)
陰影の使い方がうまい作品。
実際に目で見たような印象の映像を目指した
続いてはHDR化の作業だ。HDRは「ハイ・ダイナミック・レンジ」の意味で、従来は100nitまでの明るさに対し、1000nit前後のより強い光まで再現できる。人間の目で感じる明暗の幅に近いリアルな映像を再現できる技術だ。本作では、従来のアニメよりも陰影の表現にこだわり、室内と室外などの明暗の差が大きい。また、モビルスーツ戦でも夜の戦いが多く、暗い場面のなかでモビルスーツが描かれ、ビーム兵器やミサイルの爆発といった光は強く輝くようなシーンが多い。そのあたりを含めて、どのようにHDR化したのだろうか。キュー・テックの今塚誠さんに聞いた。
「この作品は実写っぽいというか、陰影の使い方が上手い作品だと思いました。太陽の位置とか、光源と光の当たり方にこだわって設計されているのがよくわかります。アニメながらも肉眼で見た印象に近い雰囲気の映像ですから、HDR化ではそこを監督や制作者の意図通りに仕上げることが重要です。例えば、太陽の光はフワッと広がるようにしていますが、日向と日陰では光の加減もそれぞれ調整しています。重要なことは、光を強めて明るくしたときに色を変えてしまわないことです。色は厳密に設計されていますから、絶対に変えてはいけません。例えば、ビームの光はギラッと明るくするとかっこいい描写になりますが、単純に明るくすると色は薄くなってしまいます。そうならないようにマスク処理などをして光り方だけを調整します」(今塚誠さん)
HDRというと、輝くような明るい光の表現が注目されがちだが、実際は単に明るいだけでなく、明暗の幅、コントラストの高さが重要だという。特に本作では、暗い室内などでキャラクターの会話が行われることが多く、そうしたシーンでの目の動きや表情の変化などによる心理描写を駆使した演出も大きな見どころだ。
「ドルビーシネマの実力がよくわかるのは暗いシーンです。完全な黒を表現できるというのは、一般的な液晶テレビでは難しいです。そんな暗い中でのわずかな陰影を表現できることで、本作のような映像が実現できたと思います。暗い中でもモノクロになってしまわず、きちんと色が残っているなど、作り手のリアルな光へのこだわりがよくわかります。HDR化でもそこは変えずに仕上げています」(今塚誠さん)
眩しいほどの強い光と逆に深い闇まで再現できる表現力やHDRの大きな特徴だが、HDR化で苦労した点はあるのだろうか。
「難しいのが、眩しすぎるのは良くないということですね。カットやシーンごとだと強く光った方が見映えがしますが、光りっぱなしは目が疲れてしまいます。また、本作の場合だと強い光の影でハサウェイの表情が丁寧に描かれていますから、光らせすぎるとハサウェイの表情が見えなくなってしまいます。全編を通して見て目の負担にならないバランスが重要です。ですから制作時のチェックでも特定のカットだけではなく、ひとつづきのシーン全体を見てバランスを確認しています。個人的には映画館で見ている人が“うわ。まぶしい!”という素振りをしていたら失敗だと思っています」(今塚誠さん)
ドルビーシネマの体験をそのまま家庭でも楽しめる
4K UHDの映像はHDR10方式が採用されている。HDR方式にはドルビーシネマに近いドルビービジョン方式もあるが、対応した薄型テレビは高級機が中心で数も決して多くはないため、HDR対応の4Kテレビがすべて対応しているHDR10方式が選ばれた。ドルビーシネマ版の制作と同じように、4K UHDのための4K HDR化でも、HDR10という方式に合わせて改めて作業を行っている。その違いはあるのだろうか。
「ドルビーシネマのためのHDR方式のドルビービジョンと、薄型テレビでは一般的なHDR10方式では違いがいろいろあります。ドルビーシネマは劇場用の規格ですから、明るさは最大108nitですが、HDR10はだいたい1000nitの輝度があります。そうした違いをふまえて、ドルビーシネマで見た映像を家庭の4Kテレビで見ても同じように臨場感豊かに楽しめるように調整しています。特に本作の場合、村瀬監督がドルビーシネマの映像が自分たちのイメージした映像にもっとも近いと言っていますから、ドルビーシネマでの体験が家庭でもそのまま楽しめるようなものにしています」
上映中は真っ暗になる映画館と明るい室内で見る家庭のテレビでの再生とは環境も含めて条件は変わる。しかし、そこで得られる体験は映画館と同じものを目指しているというわけだ。『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は、現代的なストーリーはもちろん、最新の優れた映像・音声を駆使した臨場感が素晴らしい作品だ。HDRではないBD/DVD版も優秀な画質ではあるが、4K UHD版は暗いシーンでのディテール豊かな再現やビーム兵器の強い光が印象的なモビルスーツ戦でも闇夜に浮かぶモビルスーツの姿が立体的に描かれ、映像を存分に楽しめるものになっている。映画館と同じように部屋を暗くして上映すれば、まさにドルビーシネマに近い映像体験が味わえるはず。本作をドルビーシネマで見た人はもちろんだが、映画館では見ていないという人にとっても、4K UHDならば、映画館での感動を味わえるものになっていると思う。