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「イマレコ!」奇抜で濃密、型破りな3つの映像体験 『MEMORIES』[特集サイト「プレイバックエモーション」]

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 意味のあるものだけを伝えられるアニメーション表現は、短時間で壮大な世界を提示することも可能である。大友克洋が製作総指揮と総監督をつとめた『MEMORIES(メモリーズ)』は、その機能を実証したオムニバス映画と言える。

 公開年は1995年、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』や庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』と同じ年である。手描き作画にデジタル技術を交えて表現域を拡張し、21世紀への橋渡しをした点でも歴史的な作品群だ。その中でも突出した挑戦的な作品が『MEMORIES』と言える。以下、3タイトルのみどころを紹介していこう。
 「Episode.1 彼女の想いで(Magnetic Rose)」は、「大友克洋短編集 彼女の想いで」 (90年、講談社刊)に収録された宇宙SF短編が原作で、アニメ企画の原点でもある。西暦2092年、宇宙のゴミを回収する作業船「コロナ」は救難信号を受信し、宇宙ステーションの廃墟へ向かった。そこにはロココ風建築のゴージャスな空間が広がっていた。緻密に描き込まれたメカ類、立体的に乱舞するデブリの冷たさと、クラシックな芸術様式の対比が圧巻である。無重力下における人や物体の挙動も、アニメーション作画とCGの組み合わせで正確に描かれている。

 現実のように見えるまがい物の料理、草原の中に見え隠れする美女の映像など、次第に非現実性が高まっていく緊迫感が大きなみどころだ。題名の「彼女」とは「オペラ歌手エヴァ」のことなのだが、その妄執がやがてクルーを巻きこんでいく。精神に直接影響するサイコサスペンスの恐怖と、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」などのモチーフを交えた菅野よう子の壮大なクラシック音楽が一体化する幻惑感は、他に類を見ないものだ。
 監督は1988年の大友克洋原作・監督の『AKIRA』では作画監督補をつとめた森本晃司が担当。特筆すべきは脚本・設定を『パーフェクトブルー』(98)で監督デビューする前の今 敏が手がけていることである。漫画からアニメへ活動の軸足を動かした時期で、物語展開と一体となった今 敏の美術設定、レイアウトの圧倒的な表現力が素晴らしい。

 「Episode.2 最臭兵器(Stink Bomb)」は原作・脚本・キャラクター原案を大友克洋が描きおろしたブラックコメディで、一転してライトなドタバタ劇が楽しめる。
 物語は山梨県甲府市から始まる。製薬会社の研究員・田中信男は、風邪薬と勘違いして偶然精製された実験薬を飲んでしまった。人体の新陳代謝を再構築し、強力な臭気を発生させる新薬だったのだが、田中はそれを知らされないまま、実験薬を東京へ輸送することを要請される。

 人を死に至らしめ、機械類を誤動作させる臭気ガスを発生する田中は、動く生物兵器と化してしまった。刻々と東京へ近づく田中、拡大する被害地域に、自衛隊は陸海空の全部隊を災害派遣に出動させた。在日米軍は生物兵器の出現に何ごとかを企む一方、真実を知らない田中の行動は終始サラリーマンの忠実さを実直に遂行する、この落差の味わいが本作の特徴だ。
 監督は岡村天斎が担当(後に『WOLF'S RAIN』(02)を監督)。他の2作はスタジオ4℃の制作だが、「Episode.2」のみマッドハウスが担当した。大友克洋の希望で濃厚な作風で知られる川尻善昭も参加し、特殊車両、艦艇、航空機類など現用兵器がすさまじい作画枚数で圧巻の物量戦を展開する攻防戦を監修している。

 オムニバスを締めくくる「Episode.3 大砲の街(Cannon Fodder)」は、史上屈指の異色作だ。なんと20分の長さを「ワンシーン・ワンカット」で描きぬいたのである。原作・監督・脚本・キャラクター原案・美術とすべてを大友克洋が手がけ、抑えた色彩やディテールの多い質感の特異さでも全編のクライマックスに相当する。
 舞台は壁に囲まれたクラシカルな城塞都市で、全市民が果てしなき砲弾戦を続けていることが描かれる。蒸気機関と火薬を中心とした世界観の点で『スチームボーイ』の前哨戦的なポジションでもある。映像は、とある労働階級の家庭から少年が目ざめる場面からスタートする。ところが画面はそのまま少年を追い、居間の朝食から父親と少年が家を出る出勤・登校へとシームレスに推移していく。

 つまりカメラワークは被写体の少年を「フォロー」しているわけだが、部屋から部屋に移動してもカットを割らずに続いていく。カメラ移動の中でエレベーター内から都市の全景と砲塔を備えた家屋群を示し、駅舎の中で移動する群衆を見せ、砲台への装填や上級軍人の儀式化された砲撃が描かれる。まさに題名のとおり「大砲」を中心にすべてが回っている。
 一種のディストピア表現ではあるものの、滑稽でもあり、現実世界の歴史と照応すると「戦争やプロパガンダ」の怖さと異常さも投影されていて、「本質はあまり変わらないのでは?」という問いかけが迫ってくる。
 この大半を「セル画と背景画」という伝統的な平面素材を使い、フィルムの撮影台上で可能な表現を駆使して「全体でひとつの時空間」を実現した意図について、大友克洋は「絵巻物」の体感をめざしたと語っている。アニメ映像は本来、短いカットのモンタージュを積みかさねて成立している。
 置き間違いやシャッターミスで容易に連続性が破綻するため、避けられていたアナログ撮影の「長回し」を実現したのは、「技術設計」でクレジットされた片渕須直(後に『この世界の片隅に』(16)を監督)だ。合作企画『リトル・ニモ』のパイロットフィルムにおける演出補佐の経験を活かし、大友克洋が絵コンテで提示した連続性を、撮影可能な背景原図やセルワークへと展開した。撮影指示用の目盛りを緻密にレイアウト上に描きこみ、モーションコントロール装備のカメラに移動間隔を記憶させて実現したという。

 最終的にはカメラ移動の途中で次の素材に置き換え、オーバーラップやオプチカル・プリンターで繋いでいるが、それでも対処できない部分のみ、発達過程にあったCG(CGIとクレジット)で対処している。いつまでもいつまでも果てしなく続いていくアニメ映像は、観客に独特の幻惑感を生じさせる。デジタル技法でない「手描きの触感」は「あり得ない世界への没入感」を誘う。
 オープニングとエンディングは石野卓球による音楽で、この個性あふれる3部作をサンドイッチしてワンパッケージとしてまとめている。別世界の人間の「記憶(メモリー)」を垣間見たような、幻惑の体験が味わえるオムニバス映画なのである。

文:氷川竜介(アニメ特撮研究家)

 

<発売情報>
MEMORIES 4Kリマスターセット (4K ULTRA HD Blu-ray & Blu-ray Disc)
2025年12月24日発売
価格:¥15,400(税込)

 


▼『MEMORIES』information Site
https://v-storage.jp/sp-site/memories30th/

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