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「名作ヒストリー」人狼 JIN-ROH[特集サイト「プレイバックエモーション」]

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アニメーション作画が醸し出す情愛と緊張の高まり

2000年6月3日に公開された映画『人狼 JIN-ROH』は、試写期間中に「セルアニメ最後の劇場用大作」と呼ばれていた。そんな歴史的背景をもつ作品である。
押井守原作・藤原カムイ作画の漫画「犬狼伝説」を元に、脚本は押井守、制作はProduction I.Gで、スーパーアニメーターとして知られる沖浦啓之の初監督作品となった。演出は神山健治、キャラクターデザインと作画監督は西尾鉄也、作画監督補は井上俊之、美術監督は小倉宏昌など、名だたる精鋭部隊が練りあげた珠玉のクオリティが、大きなみどころだ。
本作の物語は、押井守原作のオリジナルシリーズ「ケルベロス・サーガ」の一部を形成している。同シリーズは、第二次世界大戦中の日本が連合国側についた結果、戦後はドイツ軍に占領された平行世界の日本の昭和30年代中盤が舞台となっている。押井守自身が監督した『紅い眼鏡』(87)、『ケルベロス 地獄の番犬』(91)と2本の実写映画があり、本作も2018年、監督:キム・ジウンによって韓国映画『人狼』として実写映画化されている。
その「ケルベロス」とは、東京でテロ活動を繰り返す過激派集団に対抗するために結成された特機隊の通称だ。首都警警備部特機隊が運用する特殊装甲強化服プロテクトギア(初期デザインは出渕裕による)は、そのシンボルとして恐れられている。本来は日本の平和維持を目的として結成された特殊部隊なのに、その重武装ゆえ大衆から危険視され、さらに自衛隊、警察、公安など公的組織同士の暗闘の中で、やがて葬られていく悲劇性の高い組織劇だ。

三つの首を持つ地獄の番犬ケルベロス(ギリシア神話)の名で分かるとおり、押井守が象徴とし続けている「犬」の属性が本作『人狼 JIN-ROH』でも、重要な鍵となっている。たとえば主人公・伏一貴の「伏」は「人と犬」の文字を合わせたものである。人は恋愛などを含んだ俗世に属し、犬は主人の命令を受けて忠実に動く世界に属している。その両者の中で、伏はいったい何を考えてどこへ向かおうとしているのか。

彼の恋愛感情は異常な状況で芽生えたものだ。デモ隊と機動隊が大規模な衝突を展開している最中、プロテクトギアで出動した伏は地下通路で少女に出逢った。彼女はテロに使う爆弾を運ぶ「赤ずきん」と呼ばれる役割で、伏が射殺をためらったために自爆を敢行した。大きな被害が発生した結果、懲罰として養成学校の再訓練を銘じられた伏は、自爆した阿川の姉と名乗る女性・雨宮 圭と遭遇する。
橋の上で圭が風にふと髪の毛を押さえたり、小さな公園で滑り台を降りたりするカットでは、客観的な描写にもかかわらず、伏が彼女に好意を寄せ始めていることが、作画による情感から浮かび上がってくる。寡黙な伏は言葉が少ない。そして仕掛けられたトラップがどのような性質のものかも、明らかにはされない。言葉で明示されない分だけ、アニメーション作画で描かれた所作や表情の微細な変化が情感、情緒に高まり、みごたえが醸成されていく。特に散りばめられた情愛の描写中に、やがて訪れるであろう痛みと苦みの予感が刻々と高まっていくプロセスは、本作だけがもつ独特の味わいである。

本作は『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95)の公開直後で、戦闘シーンもまた非常に見ごたえがある。プロテクトギアは、武装したテロリストに対して容赦なく発砲する。しかも大口径の機関銃で次々と人体を撃ち抜き、時に粉砕し、射殺していく。この無慈悲なバイオレンスと男女の機微が織りなすエロスとの対比もまた、「人と犬」のコンフリクトを描く本作ならではのものと言える。
さまざまな点で評価に値する作品ではあるが、場面写真を現在の目で見てしまうと薄味に感じられるかもしれない。本作制作中の1997年にアニメ業界は急速なデジタル化に舵を切り、デジタル画面処理が隆盛となった。現在では全盛となったその画面処理の多くが「お化粧」のようなものだとしたら、『人狼 JIN-ROH』とは「スッピン勝負」の作品に位置づけられる。つまり「手描きのセルと背景だけで、どこまでリアルさが表現できるのか」という挑戦であり、これが「セルアニメ最後の劇場用大作」のキーワードと合流して、本作の普遍的な価値を決定づけている。
本作の基本的な作法は「カゲなし作画」だ。表情のごく一部、プロテクトギアのパーツなど限定された部分だけ、カゲがついている。その本質は、陰影部分の色彩を暗めに指定することで、立体感を表現するものだ。ところが本作を見ればすぐわかるが、カゲがなくても豊かなアニメーション作画で動き出せば、充分に立体的に見えるのである。

むしろカゲ情報を「引き算」したことで「輪郭線と色面の遷移(アニメーション作画の本質)」はビビッドになり、キャラの内面にある感情や、風景と調和した存在感の伝達は、より確実になる。若いアニメファンは本作で、ぜひこの「アニメーションの本質」を体験してほしい。カゲつき作画もひとつの様式だから、否定するわけではない。しかし、もしアニメーション作画に興味があるのであれば、一度はその「作画の本質」がどういうものか、見届けていただきたいのである。
最後に本作のもたらした「ディストリビューション(映画配給)の革新」について軽く触れておきたい。本作の制作着手は1996年で、完成は1998年となった。しかし映画では、作品を観客まで届ける「配給」が重要になる。実際「お蔵入り(未公開作品)」になる可能性もあったようだが、結果的に海外上映が先行し、映画祭での上映を経て1999年にはフランスで先行ロードショーとなった。
国内ではテアトル新宿の単館上映からスタートし、クチコミによって全国の映画館へと興行が拡大していった。現在の観客が享受する作品の多様性は、本作を含む数々の小規模上映の成功がもたらしたものと言って良いだろう。たとえば細田守監督作品『時をかける少女』(06)やufotable作品『劇場版 空の境界』(07)が、やはりテアトル新宿発として後に続いたと言えば、その歴史的な役割が分かっていただけるはずだ。
さまざまな点で類例がなく、しかし後世にあたえた影響の大きい作品が存在する。ぜひそれを理解してほしい。そして何よりも、本作の映画的体験性はかけがえのないものである。さまざまな点で『人狼 JIN-ROH』は、古典として多くの新しい観客を獲得するにふさわしい作品なのである。

文:氷川竜介(アニメ特撮研究家)

 

<発売情報>

『人狼 JIN-ROH』Blu-ray
価格:8,580円(税込)
品番:BCXA-0090


『人狼 JIN-ROH』DVD
価格:2,090円(税込)
品番:BCBA-3715

 

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