回顧展「描く人、安彦良和」記念上映『ヴイナス戦記』アフタートークレポート
6月8日(土)より兵庫県立美術館にて回顧展「描く人、安彦良和」がスタート。この展覧会は、漫画家、キャラクターデザイナー、アニメーション監督として長年活躍してきた安彦良和さんの創作活動の足跡をたどることができる1400点以上の貴重な資料が大規模展示となっている。
回顧展の開催初日には、館内のミュージアムホールにて、安彦さんの監督作である劇場用アニメ『ヴイナス戦記』(1989年公開)のアフタートーク付き記念上映が行われた。ゲストに安彦さん、本作で作画監督を務めた神村幸子さんを迎えて、制作当時を振り返ったトークを披露。その様子をレポートする。
記念上映『ヴイナス戦記』※アフタートーク付き上映
●日時:6月8日(土)10:30-13:30
●会場:兵庫県立美術館 ミュージアムホール
●出演:安彦良和(原作・監督)、神村幸子(作画監督)
記念上映『ヴイナス戦記』 アフタートーク レポート
この日、劇場公開当時と同じ35ミリフィルムを使用して上映された『ヴイナス戦記』は、長らく安彦さん自身によって約30年間“封印”されてきたことで有名な作品。そこで最初の話題はこの“封印”の理由について。
制作当時、安彦さんは『ヴイナス戦記』を最後にアニメ業界からの引退を心に決めていたという。そんな中、作画監督神村さんの尽力によって、本作制作のため有能な作画スタッフが集結した。結果、アニメーション作品としてはとても満足するクオリティで完成したものの、残念ながらヒットには至らなかった。そうした状況を踏まえて、安彦さんは「当時、『ヴイナス戦記』の結果については、結構いじけていたんですよ。子供がいじけると“もういいよ、見せてやらないもん”って言うでしょ? “封印”はあの心理からなんですよ」と当時の心境を振り返る。DVD化の打診があった際に「僕が嫌だと言ったらDVDが出せないといわれて。自分にまだそんな力があるんだ、と思ったこともあり、“嫌だ”と言ったんです」と『ヴイナス戦記』の“封印”の真相を改めて告白。
一方、神村さんは “封印”されていた事実に対しては、作品は作者のものであり、あまり気にしていなかったと心境を語っている。
そこから話題は、『ヴイナス戦記』に集まった作画スタッフについての話へ。神村さんは1986年公開の劇場アニメ『アリオン』で安彦さんの作品に参加。制作会社であるサンライズ(現:(株)バンダイナムコフィルムワークス)に自ら売り込みに訪れ、安彦さんから「この人をこのまま帰しちゃだめだ」と太鼓判を押されたほどの実力の持ち主であったこと、その後の監督作であるOVA『風と木の詩』と『ヴイナス戦記』に参加してもらい、作画監督を任せた経緯を紹介。さらに、神村さんがそれまでフリーのアニメーターとして活動してきた人脈を活かし、会社の垣根を越えて多くの作画スタッフを集めてくれたおかげで、作品の質を大きく向上させる立役者であったことが改めて語られた。
『ヴイナス戦記』は興行収入面での苦労は苦い思い出として残っているものの、そうした、神村さんをはじめとした優秀なスタッフのおかげで、現場作業はそれまでの安彦さんが関わった作品の中では「ラクで楽しい作品だった」と振り返った。素晴らしい原画がアップされてくるのを見て喜んだこと、名アニメーター井上俊之さんの参加やメカ作画監督として尽力した佐野浩敏さんへの思いなども披露。加えて、安彦さんの提案で、主人公のヒロ役に当時人気絶頂だった少年隊の植草克秀さんに出演してもらったことなども明かされた。
そして、話題は回顧展に展示されている原画について。今回展示の多数の原画は、「安彦さんが手掛けられた貴重なもの」と、佐野浩敏さんが個人的に保管していたもの。それを見た安彦さんは「これは俺が描いたものじゃない」と言い張ったという。そこで、神村さんが依頼を受けて原画を確認、安彦さんに納得してもらったという経緯も明らかにされた。安彦さんは「『ヴイナス戦記』の原画はあまり残っていないので、大事に保管してくれていた佐野くんを褒めてあげたい」と感謝の気持ちを語った。
そして、ここからは会場に訪れたファンの方々からの質問に答える形で進行。質問の中からいくつか抜粋してそのやりとりを紹介していこう。
最初の質問は、「安彦さんが描かれた原画を、作画監督の神村さんが修正をしたのでしょうか?」というもの。作画の責任を負う作画監督と監督ではどちらの立場が上になるのかという意図の質問に対し、神村さんは「作監修正はしてないです。時間の無駄ですから(笑)。映画の場合、監督は、建物を建てるときの現場監督やオーケストラの指揮者のようなもので、絶対的な権限があります。我々スタッフはバイオリンを弾いて監督の思いに応えるように作品を作っています」と、質問の答えに加え、アニメーション制作現場における監督の立ち位置をわかりやすく教えてくれた。
続いての質問は、『ヴイナス戦記』の劇中に挿入される実写映像パートが入った理由について。これに対して安彦さんは、実写パートを入れようといったのは自分であること、その理由は縦方向でスピード感を出す背景を動かす動画(背景動画)が、当時の作画方法ではイメージ通りの効果を出すのが難しく、実際の映像を使った方が面白いだろうと思った、と理由を語った。映像自体は友人にアメリカのアリゾナ砂漠で撮影してもらい、「アメリカロケをしました」と宣伝的に使おうと思ったことと、実際にアニメと合成するのは大変な苦労があったことが語られた。
作品以外にも、漫画、アニメ、イラスト、小説と多彩に活動されているが、どの作業が好きなのかという質問が。安彦さんは「自分では多彩だと思っていなくて、全部繋がって連続していることだと思っています。僕は絵を描くことがメインで、そこから繋がる形で(次の作業を)他にやる人がいないから自分でやる、というような形で広がっているから、あまり特別なことだとは思っていないです」と語りつつ、補足として「アニメーションは集団作業だからいろいろ気を使うので疲れる。漫画の場合はアシスタントがいないし、完全個人作業だから息抜きできるけど、ひとりで作業しているとやっぱり人が恋しくなってアニメに行く。それを交互にやってきた感じですね」と、多彩だとされる仕事のスタイルに対しての自身の思いを語った。
『ヴイナス戦記』の見所でもあるメカ描写について、デザインや作画についての苦労はあったのかという質問も。これに対し戦車のデザインはいきなり立体模型で渡されたこと、そこからデザイン画を新たに起こすことで作業が進められたという。また、『ヴイナス戦記』が制作された80年代末期は、アニメ業界全体が極限まで手描きの可能性に挑んだ時代であることも語られた。神村さんは「ああいう形状の戦車を手描きでやっちゃいけないですね。今なら絶対にCGでやった方がいい」と語り、一方で「日本の今の手描きのアニメーションが世界で受けているのは、手描きだからこそのケレン味であり、キャラクターの生き生きとした表情や動きが手描きの良さだと思っているんです。キャタピラが1枚ずつ岩を登るような部分に作画の労力を割くのではなく、メカのように硬くて形が変わらないものはCGに置き換えて、その分のアニメーターの力をキャラクターの表現に活かすのがいいと思います」と、当時の労力の多かった作画の状況を踏まえて、今後のアニメーション制作に向けての思いを語った。
最後に、締めの言葉として、神村さんから“絵描き”である安彦さんへの思いが語られた。
「上手い絵を描く人は他にもたくさんいらっしゃいますが、安彦さんは特殊に魅力的な絵を描く方だと思っています。線も絵の表現も、キャラクターが魅力的なのはもちろんですが、本当に珍しいタイプの人ではないかと。絵画で例えるならば、ルーベンスではなくてレンブラントだと思うんです。本当に、線1本に特殊な魅力があるんです。こんな方はほかにはいませんし、私は人類の宝だと思います。私も皆さんと同じように安彦さんのファンですので。こんな素晴らしいアニメーター、漫画家、クリエイターである安彦さんの作品を見ることができて幸せだと思っています。今日はどうもありがとうございました」
この神村さんの言葉に対して、安彦さんが「とんでもない賛辞をいただきました」と嬉しそうに語り、アフタートークは幕を閉じた。
「描く人、安彦良和」開催概要
【会期】
2024年6月8日(土)~9月1日(日)
休館日:月曜日
※ただし、7月15日(月・祝)と8月12日(月・休)は開館。7月16日(火)と8月13日(火)は休館
【開催時間】
10:00~18:00(入場は閉場の30分前まで)
【会場】
兵庫県立美術館(神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1[HAT神戸内])
https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_2406/index.html
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映画『ヴイナス戦記』 公式サイト
https://sh-anime.shochiku.co.jp/venuswars/
「ヴイナス戦記」公開30周年プロジェクト 公式X
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