産業革命期とデジタル革命期の対照で浮かぶ、原点回帰と冒険心
ゴージャスでリッチな長編アニメーション映画を観て、たっぷりと豊かな気分になりたい。大友克洋が『AKIRA』(88)に続いて監督した『スチームボーイ』(04)は、そんな要求に応えてくれる超大作である。2004年7月17日に東宝系で全国公開され、今年が20周年にあたる同作は、製作期間9年、総製作費24億円とされ、総作画枚数は18万枚と日本アニメ史上でも屈指の超大作に位置づけられる。
内容はオーソドックスな少年の冒険活劇仕立てであり、奇抜な発明品としての入念に描きこんだメカが次々と登場し、ギヤやクランクなど隅々まで描き込んだメカニズムを露出したまま細やかに動き、なおかつ破壊と戦闘に満ちたアクションを展開する。しかもそのメカは金属感むき出しであり、圧巻の興奮をまねく動作原理は産業革命期の蒸気機関だ。未来社会と超能力に向けられた『AKIRA』とは正反対の方向性にあって、この作品における「大友克洋の作家性」は、その点に集約されている。それはなぜなのか。答えは時代設定にある。
映画中盤以後、メインとなる舞台は世界初の万国博覧会であり、クリスタルパレスのビジュアルで知られる1851年の第1回ロンドン万博が選ばれている。蒸気機関による産業革命で、繁栄の一途をたどる様を世界に知らしめた、大英帝国の象徴的なイベントだ。
万博本来の目的は、科学技術の応用が大衆の生活の利便性向上をもたらし、農業や工業における産業が高みに至る試みを周知するもののはずだ。しかし科学の放った大きなパワーは野心家たちを魅了し、人類史を後戻りできない領域へと導き始めた。そのひとつの結果が、次の20世紀に科学を応用することで高度化した「戦争」なのだ。為政者たちが二次にわたる世界大戦と大量殺戮を引きおこした原点は、科学の可能性で野心を触発したロンドン万博にあるということだ。
映画のクライマックス、人類史の分岐点でもある万博会場近傍に設置された巨大なスチーム城からは、蒸気機関を使った兵器類が次々に登場し、戦闘による大混乱を巻き起こす。アメリカのオハラ財団と結びつき、兵器を売ることで資金を得て科学を進ませようとする発明家ジェームス・エドワード・スチムの目論みが、物語をドライブする。
主人公は、その息子で少年発明家のジェームス・レイ・スチムである。レイは、科学は幸福のためにあると信じている祖父ロイドと、父エドワードとの確執に巻きこまれ、どちらに理があるのか悩み、葛藤する。それを解決するのも科学の力だ。
発明一家に生まれたレイ自身も、その才能に恵まれていた。そして大混乱の中で飛行機械を発明し、ヒロインのスカーレット・オハラを救おうと奮戦する。その姿を、祖父は「スチームボーイ」と呼んだ。こうしたヒロイズムと冒険心がこの映画の中心にある。自立心が強く行動的なスカーレットは、レイのことを終始気にかけ、ボーイ・ミーツ・ガールの要素もある。多面的に娯楽性を追求した点でも、アニメ映画史的に希有な作品なのだ。
では、なぜ戦闘アクションが未来志向ではなく、蒸気機関の時代に回帰することになったのであろうか。謎を解く鍵は「デジタル映像時代の幕開け」にある。
本作が開発をスタートした90年代中盤、日本の商業アニメ制作は大きくデジタルに傾き始め、次のステージに向かおうとする時期であった。それまでのフィルムとカメラを使った撮影台には物理的な制約が多々あって、実写のように自在なカメラワークが至難であった。そのカベを乗りこえる試みのひとつが、95年に大友克洋が製作総指揮・総監督として参加した劇場オムニバスアニメーション『MEMORIES』のEPISODE 3「大砲の街」(大友克洋自ら監督・原作・脚本・キャラ原案・美術を担当)であった。アニメ作品は本来数秒単位でカットを刻むものだが、約20分間をワンシーンワンカットで連続した映像で描いていた(技術設計は片渕須直)。
その世界観は、電子技術の存在しないレトロフューチャー、スチームパンク系であった。発展形にあたる『スチームボーイ』では、鋼鉄のメカニズムが作動する重さと固さ、スムーズな移動感に、3DCGのパワーが駆使された。蒸気兵、飛行兵、水中兵など陸・空・水に強化外骨格系の兵士が投入され、蒸気戦車や飛行船が活躍して立体的な戦闘が描かれていく。そしてスチーム城そのものも巨大なメカ兵器であり、要塞のような巨体がロンドン市街を危地に追いこむビジュアルのスケール感には圧倒される。
特に室内では木村真二美術監督が描く質感のこもった背景とCGメカが調和し、メカ・エフェクト作画監督の橋本敬史が、蒸気の噴出と拡散を丁寧に作画で描きぬいている。空中に消える部分を作画でとらえるという映像もまた、アナログ撮影では至難なデジタル表現なのだ。一般にエフェクト作画は爆発やビームの激しく赤系統に染められた光を描くが、本作のみどころは細密に描かれたレバーやメーターまみれの背景の中、白い蒸気が細やかにたなびいて消えていく風情にこそある。断熱圧縮によって吹き出た蒸気が低温化し、氷結していく表現も、他作では見られない趣向であろう。
そして本作の大きな特徴は、米国ハリウッドにおける音響作業である。百瀬慶一音響監督の采配で、音楽はハンス・ジマーの門下生スティーブ・ジャブロンスキー(後に『トランスフォーマー』などを担当)が20世紀フォックススタジオでフルオーケストラ録音、さらに大作映画を数多く手がけたベテランたちが、緻密な映像に対して数百チャンネルに及ぶ分厚い音をつけ、作品のゴージャス感をさらに向上させた。4Kモニタ、5.1ch以上のホームシアター環境があれば、20年前にここまで作りこんでいたのかと、成果が存分に味わえるはずである。
ひたすら破壊に次ぐ破壊が続く中、野心をむき出しにした男たちのダークサイドと、希望を信じる少年の賢明な行動のコントラスト。それは新しい時代の節目にあたって、何を考え、どう行動するか迷う現代人にも、光をあたえてくれるのではないだろうか。産業革命の時代とデジタル革命の時代、それを重ね合わせた意図をスーパーリッチな映像の奔流から、ぜひ読みとっていただきたい。
文:氷川竜介(アニメ特撮研究家)
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▼スチームボーイ 作品紹介ページ
https://www.sunrise-inc.co.jp/work/detail.php?cid=159
©2004大友克洋・マッシュルーム/STEAMBOY製作