藩の要職を務める寺井家の一人娘として生まれ、幼い頃から父に剣の手ほどきを受けてきた以登(いと)。下級武士の三男だが、藩内随一の剣士と噂される江口孫四郎(まごしろう)。初めて出逢った満開の桜の下で、二人は試合を約束する。数日後、竹刀を合わせた瞬間、以登の胸は熱く震えた。女の剣と侮ることも、その家柄に阿ることもなく、まっすぐに自分の剣と向き合ってくれた孫四郎。それは以登にとって生涯ただ一度の、しかし決して叶うことのない恋だった。以登にはすでに決められた相手があり、孫四郎もまた、上士の家の婿となる日が迫っていた。自らの運命を静かに受け入れ、想いを断ち切る以登。やがて遠く江戸から届いた、孫四郎自害の報……。
激しい動揺を抑え、以登は婚約者・片桐才助(さいすけ)の力を借りて、その真相を探る。孫四郎の死の陰に、藩の重鎮・藤井勘解由(かげゆ)の陰謀が潜んでいることを突き止める二人。そして、以登はあの日以来遠ざけていた剣を手に、静かに立ち上がる——。