TVアニメ『杖と剣のウィストリア』演出:中野英明×臼井貴彦 スペシャル対談
本格ファンタジーとして国内外のアニメファンをうならせたTVアニメ『杖と剣のウィストリア』。第2期の制作も決まっている本作の第1期Blu-ray上巻が2024年11月27日、下巻が2025年2月26日に発売します。それを記念して今回はスタッフによるスペシャル対談を実施。圧倒的なアクション演出で作品を盛り上げたお二人による、作品同様に密度の高いお話を一気にお届け!
――原作、脚本での『杖と剣のウィストリア』(以下・「ウィストリア」)という作品にどのような印象を持ちましたか?
中野アニメ化にあたって、キャラクターの行動原理の説明の補足が必要な部分があったんです。「コイツはなんでこんなに怒っているのか」というのを。でも、上がってきた脚本を見て「吉原達矢(監督)、ちゃんとやってるな」って思ったので(笑)、もうあとはそれをアニメにするだけ、という感じでしたね。
※監督・吉原達矢の「吉」=正しくはつちくちのよしです。
臼井原作の作画の密度が高かったので、アニメーションに落とし込む際には「さて、どうしよう」という感じはあったのですが、キャラデザを見た時に吉原さんがおそらく動かす前提で線を減らしたりしていたので、逆に動かさないとダメだなって思ったりして(笑)。シナリオの段階で吉原さんのやりたい方向性が具体的に見えていたので、割とすんなりとコンテ作業に入れた印象があります。
――演出で楽しみにしていた部分はありましたか?
中野僕の場合、アニメ作りは監督の方針でというのが前提にあるので、これはちゃんとやらなきゃいけないアニメだなというプレッシャーがありました。逃げにくい、逃げられないというのかな(笑)。
臼井そうですね(笑)。
中野監督の方針に対してちゃんとやればすごいものができるだろうと思ったけれど、だからこそ大変だなという気持ちが強かったかな。
――監督の方針とは?
中野いつもの吉原さんの方針は知っているので、「また、あれだろうな」みたいな感じですけれど(笑)。例えば、光と影にものすごくこだわる。静かなシーンであっても。
臼井ですね。
中野ここに窓があるからと線で影を描く。背景とキャラを別で描いているから合わせなきゃいけなかったりもして…。
臼井このキャラは影中にして、このキャラはひなたにしてみたいなことが、割とコンテ打ちの段階ではっきりしています。その辺を考慮しつつ、僕たちはコンテを切らなきゃいけなかったっていう(笑)。
中野整合性を取らないといけないからね。ずっとチェックをし続けることになるんだけど。
臼井後で合わせられないから、僕は影の指示を全部のコンテに入れてました!
中野そうそうそう!
臼井コンテに影付けして…。
中野そうしておかないと、あとでエライことになるからね。
臼井っていうのがあったので、コンテの準備段階がすごく大変でした。普段、作画のときにやることを先にやっておかなきゃいけないって感じだったので。
中野そうですね。なので、この質問の答えとしては「監督に尽きる!」ということになるのかな(笑)。
臼井まず、1話の吉原さんのコンテを見た時に「2話以降もこれをやるのか…」って思いました。
中野誰が描くの?ってね。1話は吉原さん本人がやる。これ2話以降どうすればいいの、ヤバイヤバイってスタジオ全体がそんな雰囲気になってました。
――そんな中、パートの割り振りはどのように決まるのでしょうか。
中野スケジュールで制作が割り振ったものに従う形です。
臼井僕は2話でBパートのコンテを椅子汰さんにお願いして、アクションシーンも付けてもらいました。Aパートは自分でコンテを切っていますが…。
中野椅子汰くんは上手いんですよね、アクションが。
臼井一番「ウィストリア」っぽい戦闘シーンになっている感じがします。
中野椅子汰さんは、吉原さんの血を引いた一人みたいな感じで。チェックしていて「なんか急に上手いやつ出てきたな」って思うと、「椅子汰くんか」ってなることが多いです。
臼井「あれ? このアニメのアクションが変わった?」って思うくらい上手いんです!
――制作の担当割は別として、個人的にやりたいと思った話数はあったのでしょうか?
中野そんなことを考える暇もないくらい忙しくて(笑)。
臼井考える暇があったとしても、後半にどんどんアクションは増えていくけれど、『ウィストリア』の場合、どの話数を選んでもあまり差はないかなと(笑)。当てはめてもらったものを頑張ります!という気持ちです。
――どこをやっても大変さは同じというアクションシーン。その中でも7話はスケジュールとあわせて割り振りを考えるのが大変だったと伺っています。
臼井正直、どうしようって思いました。僕は、全編通してアクションというコンテを切ったのは今回が初めてだったので。そういう意味で「7話か…」っていうのは正直ありました。
――本作ならではの演出で意識していることはありますか?
中野「ウィストリア」は3Dの使い方に特長があって。洞窟の壁とか、基がないものを3Dで作ることが多かったです。これは結構珍しいし、一つの特長だと思います。
臼井結構、力技感がありましたよね(笑)。
中野上手い人が時間をかけないとできないところは多かったかな。
臼井一朝一夕でできるもんじゃないってやつですよね。ポイントポイントでカロリーの高いカットが入っていたりして「誰がやるんだ!」みたいなのは、まあまあありました。
中野そういうのは大体、(1話・10話の演出担当)吉本(雅一)さんがやるんだけどね。吉本さん、天才なんです。めちゃくちゃ上手い。だからやってもらうことになるっていう感じですね。誰がやっても失敗するところは、もう吉本さん頼みっていう。
――良いチームワークですね。
中野チームワークなのかな(笑)。
臼井アハハハ。でも、キャラの線が少ないってことは、画面映えがしづらいところがある。なのに背景のディテールがかなり細かったので、それに付随して芝居を付け足すことは全体的に意識した感じです。
――芝居を足すとは?
臼井キャラが止まっているとキャラの線が少ないのですごく目立ちます。アクションも動くとなった時、日常芝居が動かないとまずいと思ったので、キャラが喋っているだけの芝居にも動きを適度に入れつつ、画面が淡白にならないような感じは意識しました。
中野だから動かしてたんだ!
臼井そうなんです。
中野アクションもあるけど大丈夫かなって思ってた(笑)。
臼井あの線量だと止めで6秒以上持たせるのはきついかなと。何かしらの芝居を入れていました。吉原さんのコンテも割とガンガン動かす感じだったので、映画的というのかな…。実写寄りの演出をやりたいと思って。カメラの位置もアングルとか頑張って、やれること詰め込みました。
中野そっか。僕とは真逆のアプローチだな。
臼井そうですね。だって僕、6話を観た時に逆にあれをよく300カット以内で収めたなと思いました。どうなってんだって。
中野僕の場合は、いかに手数を減らしてそれをバレないように見せるかっていうのを詰め込んだので。
臼井(笑)。
――真逆のアプローチの末に出来上がった担当話数での注目ポイント、こだわりを教えてください。
中野やっぱりアクションですね。僕はアクションで派手に見せればいいという動きが個人的に苦手。ちゃんと力が入っていそうな形にしたいんです。だから殴るにしても、足と胴体と腕がちゃんと繋がっていく形を意識したし、剣にしても振ったらその流れ、その勢いで斬ったんだなと感じられるように意識しています。重さとか、それっぽく見えるようなアクションをやっていきたいんです。こだわりポイントはハーモニーカット。セルの画ってベッタリしてるじゃないですか。昔だと、背景に色を塗って質感を出すとか、漫画のアップのコマにいっぱいトーンを貼ったりするような。そういう感じで迫力を出す画を作りたいんです。シオンが「僕を見ろよ!」って言ってるシーンは僕が最高潮にしたいと思ったところ。でも、ここは止め絵1枚なんです。その1枚の密度を上げてインパクトを出したい。薄い、まだ薄い、とこだわってリテイクを出したシーンです。
臼井2話は吉原さん演出担当回の次の話数だったので、視聴者にがっかりされないようにっていう気持ちがあって。Aパートが流れてちゃんと1話の続きなんだと思ってもらえるように。たとえそれが日常芝居のシーンだとしても、です。それを踏まえた上で、実写寄りのカメラワーク、芝居は特に意識しました。演出に関しても、動きをしっかり付けることを意識していましたが、戦闘シーンに関しては椅子汰さんが切ってくれたコンテがすごく良かったので。これを何とか映像にしなきゃという気持ちでいろいろやった感があります。椅子汰さん自身も納得のいくものになったんじゃないかなと思っています。まあ、なかなかの数のカットなので、大変なのは大変でしたけれど(笑)。
中野1話であれだけのカットでやられちゃうとね…(笑)。
臼井1話は400カット近くで2話が390カットくらいでしたから、まあまあ多いですよね。
中野僕はカット数覚えてないな。
臼井6話は280くらいです。7話も350くらい。他の話数も350前後ですが、やっぱり1話2話は多いですよね。7話に関して言えば、コンテ打ちの段階で「重くしていいです」というコメントがあって。5話、6話の続きで魔導大祭の締めの話数でもあったので、3話分の大団円として締めたいから頑張らなきゃという気持ちだったけれど、いざやり始めたら、「とんでもねーな」って思ってしまうくらいには大変でした。Bパートの後半の戦闘シーンは面白みを付けたいのと、ここまで観てくれた人に「おーっ!」って思ってもらいたかったというのもあります。社内では“50秒カット”と呼ばれているカットを作ったんですけれど、吉原さんに訊きましたもん。「あれ、大丈夫だったんですか?」って。カロリー重すぎて正直、怒られると思っていたし、カットされると思っていたので。吉原さんは「悩んだけど残しました」って言ってました。
――ちゃんと重くなっていたので、残ったのでしょうね。
臼井正直、カットは割られて分割されると思っていました。ユリウスが分身して8体増えて、最後に本物と戦うシーンです。漫画では1ページ見開きで終わっているけれど、アニメで表現するとなったら、どうしたものかと。全部順番に倒していかなきゃいけないし、カットを割ったら面白くなくなると思ったので、「とりあえず全部詰め込んでやるだけやりました」って出したら、OKが出たという感じです。OKが出たのはいいけれど…そのあとは大変でした。
――でも、アニメならではの表現に!
臼井そうですね。漫画はページ数の問題もあるので、戦闘シーンを全部描くのはなかなか難しい。特に「ウィストリア」のような話になると、というのがあります。間を繋ぎながらやらなきゃいけないので、どう盛るか、どう繋ぐかみたいなのはいつも考えていましたね。
中野臼井くんはすごく真面目にやる人なんですよ。何度も描き直しているところを見ていましたから。
臼井どうせ自分が処理するからやってもいいかなって。誰かに演出してもらうなら、話は変わってきます。今回の場合は、自分が直せば何とかなるというのがあったので。
中野すごい頑張るよね。僕は自分で直せる範囲に抑えなきゃっていうのを常に考えているかな(笑)。
臼井僕は6話が300カットで収まったことのほうが、いまだに不思議。アベレージが350カットの作品でどうして300カットに収まるのか…。
中野逆に増やすのが得意じゃない。僕の中では1話は基準にしないという気持ちで。制作に増やせと言われたら増やすかもしれないけれど、増やしたらそれだけみんなの作業が大変だからという理由で増やさないってことにしておこうかな(笑)。
臼井でも、冗談は置いておいて。6話のカット数が少なかったのは、シオンの心理描写を丁寧に描いていたからというのもありますよね。すごく効果的だったなと。
中野あれはアニメオリジナルのシーンだね。
臼井回想シーンがいっぱい入っていて、行動原理みたいなものを割と明確化していて、わかりやすくなっている。回想シーンの魔法を放つところからの現実にPAN(撮影者が動かずにカメラを上下左右に振る撮影方法)するところは、演出としてすごいなと思いました。
中野シームレスに切り替えてくださいっていうオーダーもあったシーンだったんだよね。
――ちなみに12話でのお二人の分担は?
臼井Aパートを中野さん、僕がBパートです。
中野一緒にやった話数というよりも、割り振ったという感じだよね。
臼井あまり繋ぎなどは気にしないで、ほぼ独立していた感じがありますよね。
中野合わせるのはベッドの配置くらいじゃなかった?
臼井ですよね。Bパートも特に何か厳密に合わせとかはなかったんで。
中野僕がラフを描いて清書を頼んだところはあったかも。
臼井ありましたね。ベッドのシーンも結構面倒臭かった。5人を全員横並びにさせて、全員を見せなきゃいけないっていう。仕方ないので、俯瞰にするとか工夫をして。コンテはいっぱい描いたけれど、Bパートは3シーン欠番になっています。
中野100カット近く削られた?
臼井そうですね。Bパートは実は250カットくらいだったけれど、半分くらい削られたんで。アニメオリジナルシーンで、尺的な問題でカットしたんですけれど。大森(藤ノ)先生がXにも「尺がなくて入れられませんでした」と書いていたくらい(笑)。
中野12話って他になんかあったかな? 制作裏話。
臼井最後のほうでウィルとシオンが戦っているシーン。実はあのシーンはシナリオはほぼナシ。流れ的にアクションを締めで入れたいという気持ちで足したシーンです。1話からの戦闘シーンを踏まえつつ、何か踏襲できたらいいなと思いながらコンテを切りました。ラストに向けていろいろなキャラが点描でポンポンと出てくる中に入っていくような感じ。そこに戦闘シーンを上手く入れることができて、良かったなと思っています。あのシーンもカットされなくて。
中野吉原さんは割と何でもやらせてくれる。吉原さんの期待という意味では、遥か高みにあるから何とも言えないけれど、よっぽどひどかったらため息をつくけれど(笑)、大抵のことはやらせてくれる人だからね。
臼井及第点ではあったんですかね。合格点はなかなか難しいと思うんですけれど…。
中野あれやりたい、これやりたいというのをすごく汲んでくれる人なので、いろいろ考えた上でやっていい、止めようを決めてくれるんだよね。
――担当した話数に限らず、「ウィストリア」の個人的に好きな話数、ポイントはありますか?
臼井僕は10話が好きです。吉原さんのコンテというのもあるけれど、イグノールの心理描写やバックボーンを一番しっかり描いた話数だったので。
中野僕は「ウィストリア」の撮影処理が好き。何でもないシーンでも空気の揺らぎとか、ちょっとした影の表現が施されている。常にいろいろやってくれてる感じがありますね。
臼井ボケの入れ方とか良かったですよね。
中野すごい上手いんだよね。
臼井それこそ実写寄りの演出をしたかったので、背景をちょっとだけぼかすとか、奥行き感を出すみたいなのは、特別指示を入れなくても雰囲気が出るようにしてくれて。光の処理も結構入れてくれたので、全体的に画面映えがすごい良かったなと思っています。
中野ギリギリのところで火の粉を入れ直したり(笑)。納得いかない、もっとやるとか言いながら。
臼井あのスケジュールの中で、相当な仕事をしてくれました。
中野すごくやる気があったよね。
――だからこそ「アクションシーンが良かった!」といった反応に繋がったのかと。
中野その通りです!
――先ほどの雑談で、炎や雷は画面映えするなんてお話もありましたが。至高の五杖(マギア・ヴェンデ)を含め、魔法や力を演出する際のポイントは?
中野技術的に、水や氷は質感が出しにくい。水は頑張れば動かせるけれど、氷は止まっているから。
臼井氷は難しかったです。ユリウスの攻撃魔法がメインですけれど、氷は攻撃が直線的になってしまうので、見せ方はいろいろと考えました。2期になると、いろいろな魔法も含めて見せ方が派手になったりしてくるので、さまざまな表現が出てくるんじゃないかなと思っています。
――最後にBlu-rayで1期を視聴する方に向けて、「ここに注目すると面白い!」というポイントをぜひ!
臼井Blu-rayには吉原さんの1話のコンテが特典で付くと聞いています。
中野コンテが付いてるの?!
臼井2巻には10話のコンテも付くらしいです。
中野それはいいね。
臼井コンテを見ながら、これがどのように設計されてアニメになったのかという感じで楽しんでもらうのも面白いと思います。他の話数も同じような設計なので、こういうコンテを渡されて、どうしようってなっている僕たちを想像して楽しんでください。吉原さんのコンテは見応えがあるし、この仕事をしていない人が見ても分かるコンテになっているので。僕のコンテだと何が何だかという感じになるけれど(笑)。
中野でも上手いじゃん。12話でベンチを描くところで、サラサラって。僕が描いたらぐちゃぐちゃになる(笑)。上手いなーって思ったよ。
臼井時間もなかったから、ササっと描くしかなくて。
中野いや、上手いからそう言えるんだよ。
臼井せっかくのBlu-rayなので大画面で楽しんでもらって細かい部分まで観てもらいたいですね。劇場クオリティで作っている作品なので大画面に耐えられます!
中野ウィルの書いているノートにもちゃんと文字が書いてあったりするし。解読したりするのも面白いかなって。
臼井ドワーフの本の中やユリウスやサリサが持ってた資料とかも!
中野チェックしてほしいよね。あとは音。良いスピーカーでヘッドフォンをして音を楽しんでほしいです。
臼井戦闘シーンの音楽もかなり好きなので、じっくり聞いてほしいです!
PROFILE
中野英明(なかのひであき)
アニメーター出自の演出家。『家庭教師ヒットマンREBORN!』『探偵オペラ ミルキィホームズ』シリーズ、『SKET DANCE』などで演出を担当。『SERVAMP -サーヴァンプ-』『最遊記RELOAD BLAST』などでは監督を、『英雄教室』では副監督を務めた。
PROFILE
臼井貴彦(うすいたかひこ)
アニメ『ひぐらしのなく頃に業』『ガールズ&パンツァー 最終章』『ルパン三世 PART6』『不徳のギルド』『終末トレインどこへいく?』『VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた』などで演出を担当。本作や『英雄教室』では絵コンテにも携わっている。
<放送情報>
TVアニメ『杖と剣のウィストリア』第2期制作決定!
▼『杖と剣のウィストリア』公式サイト
https://wistoria-anime.com/
▼『杖と剣のウィストリア』公式X(旧Twitter)
@Wistoria_PR
©大森藤ノ・青井 聖・講談社/「杖と剣のウィストリア」製作委員会