男と男の魂が呼び合い、剣と剣がぶつかって火花を散らす
隅々まで練り込まれた映画的表現にひたり、満ちたりた気分になりたい。そんな要求に応えてくれる時代劇アニメが、『ストレンヂア 無皇刃譚』(2007年9月25日松竹系公開)だ。
朝廷が衰え、力が支配する群雄割拠となった戦国時代を舞台に、剣の腕のみで勝敗を決する剣客たち。「無皇刃譚(むこうはだん)」とは、その本質を象徴した造語である。「ストレンヂア」の方は「異邦人」のことで、自ら刀を封印した主人公「名無し」を指している。さらには大陸の明国から来た武装集団に混じった金髪碧眼の剣士・羅狼のことでもあるし、彼らの生きざまの異質さを意味しているのだろう。
この凄絶な映画には天下取りの野望を抱いたり、金目当てに平然と裏切りを行ったり、不老不死にとりつかれたり、世俗的な欲望にまみれた大人がたくさん登場する。そんな既成概念に束縛されず、信念を貫くものたちはまさに「ストレンヂア」なのだ。この映画は60年代から70年代にかけて流行し、日本の時代劇とも相互影響のあったマカロニウエスタンのエッセンスも取り入れ、娯楽アクションを強化している。主人公の多くは「流れ者」だったから、その価値観を反映したものかもしれない。
ストーリーは、ある重大な秘密をもつがゆえに大陸の明国から来た武装集団に追われる少年・仔太郎と名無しを軸に進んでいく。当初は反目しあっていたふたりが旅をするうち、心を開いていく変化の流れが美しく、ロードムービーとして見ることもできる。赤池国の領主は金目当てに武装集団に協力しているのだが、仔太郎の秘密は野心を触発し、複雑な武力衝突を発生させる。
誰が誰よりも強いのか、なぜ勝てるのか、そして心の傷を負った名無しにどんな過去があり、なぜこの戦いに引き寄せられたのか。無駄なく散りばめられた情報の断片が絶妙に編み上げられていて、ある瞬間に「あっ!」という驚きとともに、真相が胸に迫る。省略された部分が想像力をかきたてて、映像を何倍にも膨らませているから、実に味わい深い瞬間だ。
その簡潔にして的確な描写の数々は、脚本を担当した高山文彦の映画的リテラシーの高さによるものだ。オリジナルで時代劇を作りあげた監督は、アクション系アニメーターとしても有名な安藤真裕である。SFでも異能バトルでもなく、重力や刀の重みが流血の意味性に直結する時代劇の枠組みで、心ゆくまでアクションを作画で描きぬく。そんな方向性が徹底されている。冒頭のシークエンスで、襲撃を仕掛けてきた野盗の群れに対し、羅狼ひとりが飛びだして斬り結ぶ迫力から、類例をみない剣戟志向が伝わってくるだろう。
だからと言って、安藤真裕監督はアクションで埋めつくして映画を単調にすることを避けている。ひとつの理由は、名無しは帯刀を封印していることにある。それなのに彼の実力を察知した羅狼は、自分の強さを実証するため、あらゆる手を尽くそうと願っている。一般に映画表現では、バトルシーンとラブシーンは等価なものとみなされている。それを念頭においておくと、羅狼と名無しの行動がクライマックスの激闘に向かって収斂していくサスペンスも味わい深くなる。
ふたりはどのように剣を交えるのか。高まる期待に迫力のアクション作画で応えるアニメーターは、中村豊だ。雪の積もり始めた地面を足がこすり、高所から落下して体勢を立て直すなど、立体的に空間を使い、実に多彩な殺陣を見せてくれる。その表現は後に広まり、ひとつの様式として多くの作品に影響をあたえたほどだ。これは「以前以後」で語られるべき記念碑的な作画アニメである。
それは単なる技量の見せびらかしに終わってはいない。それは「痛み」とは何なのか、「誇り」とどんな関係にあるのか、語るための手段としてアクションが位置づけられているからだ。実写やCGでは伝達困難な「実感」は、手描きのアニメーションだからこそ伝わるもの。作り手たちもまた剣客としての矜持をもっているのである。
アニメーション制作のボンズは、1998年にサンライズ(当時)から独立して設立された会社で、まだ10周年に満たない時期の公開であった。設立時、南雅彦社長が川元利浩、逢坂浩司(故人)と凄腕アニメーターを取締役とした。当時すでにアニメ業界はデジタル化が進み、3DCGも多く導入され始めたが、あくまでもアニメーションの根幹は作画とした結果、凄腕アニメーターが集まる会社に成長していた。
21世紀初頭の2002年には東京都が主導して「東京国際アニメフェア」が開催され、深夜アニメのDVDセールスも好調、海外へも輸出され、ビジネス的な注目が高まりを見せていた。日本経済新聞系の雑誌にもアニメ業界が注目された状況で、ボンズは2003年に『鋼の錬金術師』をヒットさせ、『ラーゼフォン』(02)、『交響詩篇エウレカセブン』(05)などオリジナル作品を積極的に打ち出して注目されていた。そんな状況下で、満を持して公開された初の完全オリジナル劇場作品が本作なのである。
国際化の中で「日本人ならではのアニメ作品とは何か」が問われていた時期、水墨画的で枯れた色彩を多用した背景美術の中で、卓越の剣戟アクション作画が展開し、男と男のドラマが熱気を高めていく。そんな熱を帯びた本作は、今でも新鮮な感動を生み出すに違いない。
文:氷川竜介(アニメ特撮研究家)
『ストレンヂア -無皇刃譚-』Information Site
https://v-storage.jp/stranger/
©BONE/ストレンヂア制作委員会2007