『月とライカと吸血姫(ノスフェラトゥ)』監督・横山彰利×設定考証・松浦晋也 スペシャルインタビュー
冷戦下のソ連をモデルにした架空の国家「ツィルニトラ共和国」での宇宙開発と、そこで出会った吸血鬼一族の少女と宇宙飛行士候補生の青年のロマンスを描いた『月とライカと吸血姫(ノスフェラトゥ)』。最終話放送を記念して、監督の横山彰利さんと設定考証の松浦晋也さんの対談が実現。ツィルニトラ共和国の宇宙開発の描写に関して、どのようにこだわり表現していったのか? 設定考証と演出の融合が見せた完成映像のメイキングを伺った。
──松浦さんは本作が初めてのアニメ作品の設定考証ということになりますが、どのような経緯でお仕事を請けることになったのでしょうか?
松浦他のアニメ作品などでSF系の設定考証をされている堺三保さんという友人がいるんですが、もともとは彼のところに話が行ったようなんです。今回はアメリカ側ではなくソ連側の宇宙開発ということだったので、「この仕事は松浦さんのほうがいいと思うので」と堺さんからメールがあって。それがきっかけですね。
──設定考証の話を聞いた時は、どのような感想を持たれましたか?
松浦こういう仕事は本当に初めてでした。最初はちょっと戸惑いましたね。普段やっている宇宙にまつわる科学研究や技術関係の解説の仕事と、映像関係での監修はかなり違うだろうと予想してちょっと身構えました。知り合いの漫画家は、取材現場で写真を撮る時に、乗り物などがあったらその裏側を撮るんです。その理由は、「俺たちは裏側がどうなっているのかわからないと書けないから、撮影しておく」というもので。つまり、この仕事で自分はロシアやソ連の宇宙開発の裏側を要求されるんだなと考えました。だから、1度は引き受けるか躊躇したんですが、アニメーションに仕事として関わってみたいという好奇心が勝ちました。プロデューサーの山川貴広さんにお会いして、お話をしたところ「これならなんとかなる」という感触を得られたので引き受けました。
──やったことがないことを、やってみたいという気持ちがあったということですね。
松浦そうですね。子供の頃からSFマニアで、元々アニメーションは大好きでしたから。そういう創作に関わってみたいという気持ちもずっとあって。そのチャンスがようやく来たな、とちょっとうれしかったです。
──関わるにあたっては、どのような部分を意識されましたか?
松浦横山監督のやりたいことを下から支えるということを意識しました。だから、「絶対にこうです」というようなことはなるべく言わないようにして、提案があった場合は、「こうした方がいいですよ」、「この方が矛盾が無くなります」という言い方で、最終的には横山監督に選んでもらうことを優先しました。
横山ありがとうございます。松浦さんの監修は心強かったです。自分にも完成映像の理想はあるんですが、予算と時間に限りがある中で、ドラマを崩さずに映像を完成させるということは、すごく矛盾した部分があるんです。正直に言ってしまうと、理想通りにやろうとすると今の10倍くらい予算があってもやれるかどうかわからない。それをどう取捨選択するかというのが重要で。せっかく松浦さんに意見を伺っているのに、やはり変えなければならないところもあり、申し訳ないという思いもありました。
──松浦さんとしては、監督がやりたいことを理解した上で、提案を行っていったという感じなのでしょうか?
松浦ロシアやソ連の宇宙開発というのは、なかなか薮が深くて、そこに踏み入ってしまった人たちも何人か知っています。そうしたディープな人たちから見て、完全に納得できるものを作るのはまず無理だろうと。だから今回のお話では、普通の人が見て「それっぽいな」と思うところから始めて、さらにもう一歩深いところまで踏み込んで描いてもらえれば間違いなかろう、と考えて仕事をしていきました。当初、監修に関しては、宇宙だけだと思っていたんですが、劇中に登場する飛行機や軍服やサイドカーや鉄道の監修までやることになってしまって、そこは、僕の守備範囲では無かったんですが、ミリタリーや鉄道のマニアの方に突っ込まれないないよう、必死に調べました。
横山それだけじゃなく、当時の炭酸水の自動販売機の値段も含めて、もう何でも聞いてしまいました。私のところに相談が来る前の段階で、設定制作の渡辺健一さんが自分で設定を作るにあたって、松浦さんにいろいろと伺ったりもしていました。本当にすごく助かりました。
松浦専門は宇宙関係でそれ以外は素人と言ってもいいので、知らないことはとにかく調べるという感じでしたね。ソ連の軍装や自動販売機など、知らないことばかりでした。自動販売機の価格は、当時の産経新聞の特派員の奥さんがあの頃のソ連での生活について書いた本があって、そこから当時のソ連の物価を割り出して決めました。その他にも、移動に使う軍用トラックやサイドカー詳細も苦労しましたね。
横山こだわる中で、「別にそこまでやらなくてもいいんじゃないか?」と我に返る時もあるんですが、やはり「当時のエッセンスを描くなら、きちんとやらなくちゃ」という思いに駆られてしまう。だから、こちらでもすごく調べました。
松浦劇中では「ツィルニトラ共和国」という架空の国になっていて、実在のソ連ではない。だからアニメ独自で設定してもいいんですよね。でも、モデルはソ連なので、どうしても頑張って調べちゃうんです。たとえば、ロケットを引っ張るディーゼル機関車の設定に関しても、僕では全然わからない。でも、絶対にソ連の鉄道マニアとかいるし、間違っていたら突っ込んでくるだろうと。そこでネットでいろいろと検索すると鉄道マニアの方のリンクが見つかり、ロシア語のページが見つかるんです。そこで読めなければ諦めますが、今は機械翻訳が使えるのでロシア語も読めてしまう。そうやって調べて、最終的には1960年代にソ連で使っていた機関車の詳細が分かって、それと例えばロケットと機関車が一緒に写っている写真を照合すると、いろいろと細部もわかってくる。そんな感じでどんどん掘り下げていきました。本当に「なんでこんなことやっているんだろう?」って感じで。まさに探索という感じでしたね。
──アニメーションはここまでやるんだということを改めて味わったというということですね。
松浦今のアニメーションのCGの技術はすごいもので、CGがあるからこそいろんな表現ができる。そこにも驚きました。いろんな見せ方ができるんだなと感心するところも多かったです。
横山ロケットの発射をCG無しでやるというのは、テレビアニメーションでは絶対に不可能なんです。逆を言えば、CGがあるからこそ、ある意味安心して映像を作ることができるという部分は本当に大きかったですね。カメラの回り込みもできるので、映像としての説得力が全然違うので。メインのものではないですが、飛行機やサイドカーなどのメカに関しては、手描きではなかなか難しいので、CGがあったからこそ完成した部分は大きいですね。
──メインとなるロケットの発射シーンに関しては、どのようなやり取りが印象に残っていますか?
松浦いざロケットの発射を絵にするとなると、僕も知らないことが多いんですよね。いつ、誰が乗って、どういうミッションで宇宙に行ったのかはわかるんですが、じゃあ、具体的にどうやってロケットを運んで、どうやって立ててということになると、わからない。西側のロケットは実地取材の経験がありますし、実物を見ているんですが、東側は技術体系が全然違う。ソ連のロケットは形だけじゃなくて打ち上げの手順も西側のロケットとかなり違うんです。だから、具体的にどういう作業をしているのかはYouTubeに上げられている映像を見て、一生懸命調べることになるわけです。ネットの機械翻訳を駆使してロシア語のページに載っているものを、例えばどこからどこに推進剤の配管が繋がっていてどのタイミングで表面に着氷するのかとか。そうやって得た情報を伝えて、それをどう絵にして演出するかは横山監督にお任せするという手順で仕事をしました。
横山ロケットの発射では、エンジン点火と同時にボワっと黒煙が上がる「吹き戻し」がこだわったところではありますね。すべてを完全に表現することはできないんですが、やっぱりあれがロシアやソ連側のロケットの特徴的なところではあるので、そこは絶対やろうと思いました。ロケットを牽引するスピードや、第1段、第2段ブースターを分離する時はどこまでが加速があって、どこから無重力になるとか。その際はどちら側にGがかかって、どこまでは音が聞こえるとか。それは松浦さんに本当に事細かく見てもらいました。一方で、アニメとしての情報量は、整理して見せていかないと事故っぽくも見えてしまうというのもありますのでそこは、こちらでいろいろと調整しているところもあります。
──アニメとして映像化するからこそ、完全にリアルにするわけにはいかないということですね。
横山花火の打ち上げで、実際に光が綺麗に広がる時と花火の破裂する音はずれます。でも、アニメではそれをずらせないというのと一緒ですね。アニメの絵でリアルな音の遅れを表現すると、「音がズレていておかしい」となってしまう。それでも、音響の方にお願いして、雷の音や第5話でのキャビンの墜落シーンなんかは演出的なこだわりでずらしてもらっているんですが、アニメだと伝わりにくいので表現としては嫌がられます。
松浦ちょっと話がずれてしまうんですが、僕は目の前でロケットが爆発するのを生で見た経験があります。1996年のヨーロッパのアリアン5というロケットの1号機が、高度1万メートルまで上がったところで爆発してしまって。その時は、発射地点から13km離れたところから見ていたんですが、やはり音は相当遅れてくるんです。まず、音もなくロケットが上がっていって、目の前で爆発して、推進剤の破片などが燃えながら落ちていくのが見える。ところが音はといえば、その10秒くらい後からごごごごご、と力強く上昇する音が聞こえて、しばらくしてバーンと爆発音が響く。その場ではもう何がおこったのか理解できなかったです。あれを映像作品に組み込むとなると、かなり緻密にやらないといけないですよね。
横山ただでさえアニメは絵と音の情報を一致させてリアルさを存在させる媒体なので、そこをわざとずらすのは、相当な信用を勝ち得ないと制作上のミスにしか見えない。だから、なかなか難しいところではありますね。
──今回、松浦さんの方でロケットのデザインやモデリングのチェックなどもされているのでしょうか?
松浦僕のところにモデリングされたデータが送られてきて、それを見て「ここがちょっとおかしいです」というようなやり取りはしました。そうしたチェックの中で一番手間がかかったのは、やはりロケットを運ぶ鉄道ですね。何度もやり取りをしたのを覚えています。
横山そうしたチェックは、私よりも先に松浦さんの方が見られていますね。私がチェックする時は「松浦さんからはOK出ていますよ」と言われて。スタッフからの「文句を言うなよ」という無言のプレッシャーを感じていました(笑)。
──松浦さんと横山監督のやり取りとしては、やはり「イリナが宇宙からオーロラを見る」ということに関するやり取りが印象的ですね。
横山前回のインタビューでも触れましたが、イリナの乗ったキャビンは、本来はオーロラが見えない軌道を通っている。でも、松浦さんに相談して、イリナの宇宙船からオーロラが見えてもいいと言われたのは、本当にありがたかったです。
松浦オーロラというのは、磁場の北極と南極の近くで見えるんですよ。イリナの飛んだ軌道だと、磁極から外れるので、オーロラはあまり見えない。でも、正直なことを言えば、第7話にもなるといい加減こちらもイリナに感情移入しているわけです。これだけ酷い目に合った子が、少しくらいはいいことがないといけないんじゃないかと思いました。だから、「これはもう、嘘をついちゃってもいいです」という感じでした。逆に、これだけ大きい嘘だと、あまり気にならないのではないかとも思いました。
──映像では出て来ませんが、当然ながら打ち上げて、どんな周回軌道に乗って地上に落下するのかは、きちんと検証はされているわけですね。
横山当然、盛り込んでいます。軌道をプリントアウトして、それを見ながら映像表現しているわけですから、ほとんどのことはリアルで、オーロラのところだけは嘘をついているということですね。
松浦ロケットは完全に物理学の運動の法則に従うので、どこから何時に打ち上げたら大体下にはどこの場所がみえるかというのがわかってしまうんです。昔ならごまかせたんですが、今はコンピュータの時代ですから。ネットでちょっと調べればわかってしまう。だから、一応それも提案しました。出した上で、そこからは演出次第ということで横山監督の判断にお任せしました。
──第7話のイリナの乗るロケット発射の後、第11話でレフの乗るロケットの発射シーンがあります。見せ方の違いや、どう変えようとしたというような部分でこだわったところはありますか?
横山イリナの時は、途中で通信が途絶えて、最初のブースターの切り離しで気絶してしまうので、そこから描いていないんです。最初のロケット切り離しもロングで煽り気味に描いているので詳細があまりわからないようになっています。でも、後半の宇宙船内からの通信は細かくやり取りをしている。要するにレフの時は前半をしっかり描くようにして、イリナは後半という感じでわけています。同じことを2回やらないようにという感じですね。そして、どちらかと言えばやはり7話が大変でしたね。要素もかなり詰め込んでいるので。
松浦ロケットの発射シーンは、不遜な言い方ですがちゃんと映像作品になっていて良かったと思いました。記録フィルムではなく、映像作品の場合は観ている人に何らかの印象とか感動とかを与えるのが目的なわけで。そういう意味では、完成した映像はすごいなと思いましたね。
──実際の記録映像だと、宇宙船の中か外しか撮影することができなくて、宇宙船本体がどのように動いているのかわかりません。でも、本作ではキャビンを外側から見た様子を、アニメーションとして表現したと思います。その映像描写のこだわりはいかがですか?
松浦実際の宇宙機の動きは、ものすごくゆっくりなんです。2〜3分に1回転とか、そういう動きなのでアニメで見せるのはなかなか厳しいので、その辺りの演出は入っています。ただ、外から見えるというのは人間にとって、とても重要なことなんです。自撮りってやつですね。私はずいぶん前から実際のJAXAの宇宙開発の方々にも、宇宙機用の自撮りカメラを作った方がいいとずっと言い続けていたんです。それがあれば、臨場感がすごいから宇宙に興味ない人も関心持ってくれるよって。別に私が言ったからじゃなくて、技術的に必要だったからなんですが、2010年に打ち上げられた宇宙帆船の試験機であるイカロスに自撮りカメラが乗っていて、無人の宇宙機としては多分世界初の自撮り映像を撮影しました。やっぱり、カッコいいんです。宇宙機って外から見るとものすごく映えるんですよね。イカロスの時に僕は感動しまして。アニメーションだとそれができるんですよね。そこは利点だなと本当に思いました。
横山7話と11話ではキャビンの回転スピードが全然違います。11話でも実際の4倍のスピードで回転しているんです。改めてガガーリンの映画とかを観るとあまりにも回転が遅くて、回転しているかどうかわからなかった。でも、表現としてはキャビンは回転しているというのは残したかったんです。7話ではすごく速く回転しているんですが、回転するキャビンでイリナがボルシチのレシピを読み上げるという映像が、自分にはすごく心地良かったので、ああいう形で嘘をつかせていただいたというところですかね。
──松浦さんが映像制作に関わってみて印象深かったことはありますか?
松浦そうですね。最初の脚本の打ち合わせで監督が「イリナってこういうふうに起き上がる娘だと思います」というサンプルのアニメを書いてきたんです。そうしたら、シナリオ打ち合わせの面々で「いや、イリナの性格からして起き上がり方はこうじゃないか」「いやそれは違う」と議論を始めて……そうした細かい表現への解釈やこだわりにまずは驚きました。また、最終話でイリナが追いかけられるシーンがあるんですが、「逃げる時にパラシュート訓練の経験を活かして高いところから飛び降りて追っ手を撒いたらどうですか?」と提案したところ、横山監督から「物語の流れから、動線はどんどん上がっていかなければならないから、下には行けないんです」というようなことを言われて。これも僕にはちょっと新鮮でした。こういう風に物語は演出しながら描くんだって。上手とか下手という考えもなるほどと思うこともありましたね。僕の意見が通る、通らない以上に自分が知らない、全く違う世界の考え方があるんだなと。フレームの中で映像を見せることには上手や下手があるわけで。その経験をしてから映画を観ると、これまでにない演出面での発見ができるようになって。それが面白かったですね。
──では最後に、本作に関わってみた感想をお聞かせください。
松浦すごく大変でしたけど、楽しかったことは間違いないです。普段はチームワークは関係無い文章を書くだけの生活をしているので、そういう意味で楽しかったです。チャンスがあれば、ぜひまたやってみたい仕事でした。
横山松浦さんに関わってもらって、本当にありがたかったです。たくさん伺いながら、本当に反映できなかったところもあって申し訳ない部分もあります。ただ、この作品は自分の経験の中でも、きちんと調べなければならない要素は相当多い作品でした。その情報量をどう共有するかが大変な部分でもありつつ、最終的にはイリナとレフの物語というところで情報の取捨選択をしなければならなかったので、そこは理解していただけると助かります。もし、チャンスがあるなら、再編集版などでもいいのでいろいろ情報を反映したいです。今度はもっとゆっくりと回るキャビンをちゃんと描きたい(笑)そういう意味では、皆さんの応援で、次に繋がるといいなと思っています。
横山彰利(よこやま あきとし)
アニメーション監督、演出家。作画監督や原画、絵コンテや演出として数多くの作品携わる。監督作は『フォトカノ』(2013年)、『Cutie Honey Universe』(2018)、『日本アニメ(―ター)見本市 「ザ・ウルトラマン」』(2015)などがある。
PROFILE
松浦晋也(まつうら しんや)
ノンフィクション作家・科学技術ジャーナリスト。宇宙作家クラブ会員。機械工学や宇宙開発、航空宇宙工学の分野で取材や執筆活動を行っている。著書に『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』(日経BP社)、『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査』(講談社)などがある。
赤ペン瀧川が解説!2分でわかる「月とライカと吸血姫」後半戦突入PV
新章突入!最新PV公開!
<前半クライマックス直前>第6話までの振り返りPV公開!
TVアニメ「月とライカと吸血姫(ノスフェラトゥ)」作品情報
テレビ東京、BS日テレ、サンテレビ、KBS京都にて好評放送中!
パッケージ情報
Blu-ray BOX 上巻 初回限定生産版[A-on STORE・プレミアムバンダイ・Amazon.co.jp 限定]・特装限定版 2022 年 1 月 26 日発売!!
Blu-ray BOX 下巻 2022 年 3 月 29 日発売!
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▼月とライカと吸血姫公式サイト
tsuki-laika-nosferatu.com
▼月とライカと吸血姫公式Twitter
@LAIKA_anime
© 牧野圭祐・小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会