『月とライカと吸血姫(ノスフェラトゥ)』イリナ・ルミネスク役 林原めぐみインタビュー
『月とライカと吸血姫』Blu-ray BOX発売記念、メインキャスト連続インタビューの最後を飾るのは、イリナ役の林原めぐみさん。「吸血鬼」という作中で虐げられる存在ながら、宇宙開発の礎となるべく訓練に臨むという、複雑な役柄にどのように向き合ったのか? キャラクター同士の関係や、本作に対する思いなどを語ってもらった。
──最初に作品に触れた感想をお聞かせください。
林原出演のご依頼時点では「何で今この時代に私に?」というのが正直なところだったのですが、プロデューサーから頂いたお手紙に感銘を受けまして 、まずは原作を…と意を決して読み始めました。ご依頼の意図を知るためにも、作品の世界全体を把握するか、主人公の目線で読み進めるか、を意識しつつ、最初はわりと全体的に軽いタッチの印象を受けつつも、いつの間にかイリナの目線で読み進めていたという感じですね。あとがきで、史実に基づいているっていうのを目にした時に、非常に合点がいきました。小説を読んだだけで、自分の中に生々しく映像が広がったという印象ですね。
──イリナ役へのオファーを受けてから、作品に向き合ったのですね。ライトノベル原作だとタッチが軽い作品も多い中、この作品は一線を画しています。
林原この時代にあえて私を主役に選ぶっていう時点で、作品自体はそんな軽いものじゃないんだろうなっ…とは思いました。私としては、17歳の少女のテンションを17歳の子が演るっていう正しさみたいなものが、今のアニメ業界の中にはあるような気がするんです。演者の年齢とキャラクターの年齢によるシンクロみたいなものですね。本当にその子たちがそこにいるかのように感じられる作品のあり方も大事だろうと。お芝居とはまた少し違う、良い意味で等身大の生々しさを求めるユーザーもいると思うんです。そんな中で、長い人生を積んできた人間が、その年齢の少女を演じる意味に関しては、小説を読んでみて、合点がいったという感じでした。イリナは、普通の17歳の子が経験しないことを経験しまくってる子なので、ピュアな17歳が挑むものとは違う。底深い恨みとか、非常にドス黒い思いみたいなものを持っていて、それがレフと向き合うことでだんだん浄化されていくっていう過程を描かなくてはいけない。そこはそれなりに演者としては挑まないといけない部分だなと感じました。そこで、イリナの見た目をどう可愛く演じるかではなくて、イリナのもう手放せない辛さや、痛み、恨み…それらとどう向き合っていくのか託されたのかなと。あと、私自身もこの子をすくいあげたくなったというのもありますね。
──収録が始まるにあたって、監督や音響監督とはどのようなことをお話しされましたか?
林原最初は、私は私なりに、「心は重いものを抱えているけど、肉声は多少細くして、未熟さというか若さを意識したほうがいいのかな?」と思って挑んだんですが、監督からは「もっと声を低くしてください」と言われ、落ち着いた感じを求められたんです。そのオーダーを聞いて「じゃあ何か作り込んでいくことはないんだな」って。とにかく彼女の心の動きにだけに集中して演じればいいのかなと思いましたね。声の質の問題ではなく、心の問題をきちんと描けばいいので声のツヤを意識して表現する必要は無かったという感じでした。
キャリアが邪魔することってあるんですよね。笑
──イリナの心の変化が物語としては重要ですが、その心境の変化のコントラストに関してはどのように見せていったのでしょうか?
林原もう、1話ずつ積み重ねていった感じですね。レフ役の内山(昴輝)君のアプローチとかアーニャ役の木野(日菜)ちゃんのアプローチの柔らかさや可愛らしさとの相乗効果で、ふたりに変えてもらったという感じですかね。レフというキャラクターに少し心が動かされつつも、最初は当たりの強かったローザや、計画に関わる、感じの悪い人たちとの関わりで「人間なんてやっぱり信用したらだめ」って方向になったり。シナリオの上を歩くイリナの目線に自分がなっていきながら、変化に伴って演じていったという感覚はあります。特にコロナ禍ということもあって、アフレコを全員でやることが出来なかったのですが、アーニャとレフはほぼ一緒に収録ができて、それぞれの変化を感じながら演じられたと思います。ある回でたまたま内山君と収録しないタイミングがあったんですが、そうすると、妙に私も寂しくて。内山君がいないことに物理的に林原めぐみが寂しがっているわけじゃなくて、今日、イリナの隣にレフがいないっていうことを、私の中のイリナが寂しがっているっていうか。なんか、そういう感覚はありましたね。
──イリナは虐げられる種族という立場が明確に描かれるキャラクターですが、その立場に関して、演じる上で難しさを感じたり、悩んだりする部分はありましたか?
林原そこは特に悩んでいないです。どちらかというと、心を閉じる方がお芝居的には楽なんですよね。人のセリフを聞かないで済むので。閉じて籠もるほうが、自分勝手にできるんですが、そこに人が入ってきた時にどう反応するかということのほうが、技術的には非常に問われるところです。だからこれは原作と変わってしまったというか、ちょっとお願いして変えてしまったという部分もあって。それは、第2話で身体検査をイリナが受けるシーンなんですが、原作ではいわゆるラノベテイストと言ってしまっていいのか、アーニャとのイチャイチャ感みたいなものが書かれていて。でも、アニメ的な時間軸でいうと、同じ1日の流れの中での第2話なので、そこまでアーニャには心を開けていないだろうと思ったんです。「私はどこまで実験体としていじられるかわからない」という思いから、アーニャが入ってきた時に私の中のイリナはまだ拒絶する感じで、笑い合えないし、言葉も交わしたくない。なんならこの空間そのものに、恐怖すら感じている。だからその方向で演じるのはどうかと監督にご相談しましたね。セリフは絵に合わせるのではなく、オフだったので、私はほぼほぼ無言で立ち尽くすイリナという感じで演じさせてもらい、アーニャに攻め込んでもらうっていう風になりました。キャハハウフフとやれないことはないけど、そうすると今まで抱えてきたイリナの苦しみが薄っぺらくなってしまう気がしたんです。小説は自分の時間で読み進めるからいいんですが、アニメになって絵がついて30分という枠の中で起きてることに変換されちゃうと難しいので、結果的に受け入れてくださったのは良かったですね。
──物語としては第7話で宇宙に行くシーンがターニングポイントになりますが、印象に残っていることはありますか?
林原演じる私は、当然ながらレフが宇宙に行ったイリナを見守っていることを知っているんですよ。だけど、イリナはレフが今どんな状況にいるのか、管制塔のみんながどういう風にイリナを受け止めているかをわかっていない。イリナにとって宇宙が綺麗だということは間違いないんだけど、自分がこの後廃棄処分になるのか、無事に地球に帰れるのか、さらにこの宇宙空間にひとりでいるっていうことも含めて、「SOSを出したい気持ちはあるけど、それは気取られたくない」っていう彼女の気の強さも含めて、ボルシチのメニューを読む時のイリナの気の強さと、でもちょっと可愛い部分っていうか。そのバランスを演じるのが大切でした。レフのことは信じてるけど、音声的にはちゃんとクリアに繋がっているわけでもないですし。ボルシチの後に「せめて最後に」という感じで、茱萸のナストイカの作り方を入れるんですけれど、それに関しても「レフ好き好き、聞いてる?」というものでは決してなく、イリナの祈りのような気持ちというか、「どうか届け」っていう思いというか。その一方で、キャビンに爆弾が積まれていることは知っていて、余計なことを言ったら爆破されちゃうかもしれない。でも、あそこはもう爆弾のことはちょっと1回忘れて、「届け」っていう気持ちが彼女の中で勝ってしまって出たセリフなんだろうな……とか。だから恐る恐る茱萸のナストイカを伝えるのではなく、もう頭はレフでいっぱいにしていいかなとか、何かその加減を声に乗せるのは、静かに心拍数が上がりました。宇宙へ行った嬉しさと死への怖さのバランスもありますからね。
──本当に様々な思いが混ざった心情を、絶妙な加減で演じられていたと思います。
林原ありがとうございます。「宇宙に行けた、嬉しい」っていう女の子は、言われた通りにボルシチのメニューを元気に「私宇宙にいるよ、ヒャッホイ!」っていう風に読めばいいんですが、イリナはそうではないですからね。あのボルシチを読むことの重さもわかっているし、それが命綱であることも十分訓練の中で感じている。なんか自分の命をつなぐ文章であったっていう覚悟っていうか、口にするのもちょっと怖いっていうか。かと言ってお葬式みたいに読み上げるわけでもないので(笑)。宇宙に放り出されてひとりでイリナは今何を思う、というところからのボルシチメニューだったので印象深いです。
──本作は色々と印象深いシーンも多いですが、林原さんが気に入っているシーンはどこになりますか?
林原地球に戻って、レフに助けてもらって、ふたりの心の距離が縮まったシーンですかね。レフはもともと熱い人ですけれど、「イリナ、イリナ、イリナ!」っていっぱい叫ぶ言葉は、彼の熱い性格がそうさせたというよりは、イリナへが本当に自分にとって大切な存在だっていうことに気がついていないけど、本能はそれを知ってて叫んでるみたいな風に感じられたんですよね。その後に見つけてもらって、二人でパラシュートがテントになった状態で過ごす、わずかな時間の愛おしさというか。そこはただのラブシーンではないなって。いろいろな人と人との繋がりの一歩進んだ姿だなっていう、可愛らしさを感じました。その前に、もちろん吸血のシーンもすごくいいですけれど。あえて選ぶならこのシーンですね。あと個人的に一番好きなのは、最終話のアーニャの突撃。ロケット頭突きみたいな。「行け、アーニャ」って言ったらやってくれるのかな、ポケモンみたいに(笑)っていうくらい、あの頭突きは最高に可愛かったですね。
──どうしてもお話はイリナとレフの関係になってしまいますが、アーニャとの友情もまた見所ではありますね。
林原アーニャと出会ったシーンでは、彼女ははっきりと「同情でもなく友情でもなく科学者として私はあなたを知りたい」と意思を最初に提示してくれたので、「私とあなたは明るい関係ではない」というところから始まっている。だからこそ、逆にアーニャを許せたというか、素直に受け入れられました。あなたを別に好きになるつもりはないよ、科学者なんだよと最初に提示してくれたからこそ、後半で友情が生まれた気がしますね。最初に「ひとりの女の子として、心配しています」とか言われたら、逆にイリナは扉を閉じたかも知れないなって思いますね。彼女の中に見える嘘のなさっていうか。そこが信じる第一歩だったと思います。
──内山さんや木野さんに対する印象はいかがでしたか?
林原一緒に演じていて、レフとアーニャがそこにいるっていう感じでした。逆にふたりのほうが緊張したんじゃないでしょうかね(笑)。関係性の話で言うと、内山君は本当に石田彰君以来のATフィールドの持ち主で(笑)。あまりこちらにズカズカと踏み込んで来ないタイプですね。昭和や平成は、役者同士の交流みたいなところから現場の雰囲気が生まれるというのもありましたが、コロナ禍ということもあって、スーンと来てスーンとやってスーンと帰るっていうのが普通になってしまっているんです。でもその「スーン」に関しても、内山君は現場でしっかりと120%以上の仕事をやってくれる。そういう意味では、稀有な人だなって思いましたね。一緒に演じる前に、内山君は子役出身だとと聞いていたんです。これまで、ご一緒した子役出身の方は、わりと大人の中に無防備に入ってくるのが得意な人が多くてそういうイメージを想像していたんですが、まるで真逆だったので「なんか面白い人だな」って思いましたね。
木野ちゃんには、ラジオでお話した時にそのまま伝えたんですが、本当にアーニャみたいだなって思いました。ちょっとワタワタしてて、でもすごく真面目で。本当にアーニャが木野ちゃんでよかった。アーニャもきっとそう思っているでしょうと。もちろん、レフも内山君が演じてくれて良かったと思っているに違いないです。多分レフの中にある変な気遣いもいいんでしょうね。イリナにとっては。最初からベタついていないっていうか。だんだん近づいていくっていうその感じが。逆に内山君はいつイリナを可愛いと思ったのか聞きたいですね。
──イリナで印象的だったシーンはありますか?
林原イリナがバーで酔っ払ったのシーンですかね。彼女の心の壁が脱げたところがあって、やってても楽しかったです。イリナって瞳がとても印象的で、何をしていても見透かしているような美しい眼球なんですが、ああいうシーンになると目が線みたいになって、ちょっとギャグっぽくなる。ああいう可愛いイリナってそうそう見られるものではないので、「なんだ、表情豊かなんじゃん」って思って可愛くみえましたね。イリナも小さかった頃、お父さんお母さんと楽しく過ごしていた頃って、すごくキャッキャしてた子どもだったんだろうなって思えて。お母さんに甘えたり、いろいろ今辛い経験が彼女を固く閉じさせているだけで、本来のこの子はすごく喜怒哀楽が豊かなんだろうな…っていうのが見えていいですよね。
──その他、作品に携わる中で印象に残っていることはありますか?
林原ちょうど初回のOAがスプートニク1号が打ち上げられた宇宙開発の記念日だったりとか、最終話のOA後に未来の宇宙飛行士を募集する一般公募が始まったり、最終話が満月だったり。私自身もこうした数々の小さな奇跡のようなありがたいことを業界で体験しながら今に至っていますが、この作品も作られるべくして作られるべき時にできたんじゃないかなって思いましたね。今はサブスクリプションの配信などもいろいろなものがありますけれど、10年経った後にもう1回これを見たとしても古くならない静かに残っていく作品なんじゃないかなと思います。事あるごとに、満月やロケットの発射などが行われるときに、ふと思い出してもらって、繰り返し目にしてもらえたら嬉しいですね。
──本作は映画のような作りでもあるので、連続して見ると面白いのかなと思うのですが、林原さんはそのあたりはどのように感じましたか?
林原私は連続で見ていないので、そうした感想は持てていないんですが、それはそれですごくいいのではないかと思いますね。その一方で、私は1話ずつ見た後のエンディングが好きなんです。お話が終わって、サイドカーでふたりっきりで走るシーンの寂しさ。見終わった映像の続きが気になる、昇華し切れてない気持ちの余韻をあのエンディングが補ってくれているんですよね。今は、一気見とかで、エンディングは飛ばしてしまう人も多いそうですが、1話ずつじっくり楽しむのもオススメです。改めてこの時代に「待つ」気持ちを思い出させてくれるので。
──本作に関わってみた感想を改めてお聞きかせください。
林原とてもいい経験をさせてもらいました。私にとっての声優という仕事は、年齢とか時間とか、いろいろなものを行き来できる仕事だと思っていたんですが、正直、時代の流れは変わって来ています。それでもなお、「今」私がイリナを担った意味はあったんじゃないかな…と、終わってみて思います。初めての経験や、淡い恋のような気持ちや、改めて支えてくれている人に感謝とか、怒りや悲しみも含めて、まっさらな気持ちで、沢山経験させてもらいました。それから、かつては作品が終わるとその関わりも終わってしまうものだったんですが、物理的に、例えばオーディオコメンタリーだったり、このようなWEBインタビューだったり、作品を離れた展開が今はすごくたくさんあって。「役」というのは、12話だけ付き合うものじゃないということも改めて体感しています。
──では最後に、本作のファンにメッセージをお願いします。
林原世の中には「月」と入れて検索すると、ものすごくたくさん映画があるんですよね。描き方もいわゆる宇宙人ものみたいなものから、タイムトラベルものから、本当にいろいろな月の映画や作品があって。改めて月と地球のワンセット。いろいろなものが地球上では壊されたり作られたり、日々変化しているけど、今の所、月は手つかずでそのままじゃないですか。まさに静と動。そうした、月に馳せる地球人の気持ちってきっと100人中100人違うだろうけど、その気持ちを持っていない人はいないんだろうなって思って。だから何かふと月を思う時に、見上げた時に、その日が満月だったり三日月だったり、ふと思った時にちょっとこの作品を見返してもらえたら嬉しいなって思いますね。爆発的なヒット作品とか話題作とか、そういうのをしらみつぶしに観るのもいいんですけれど、自分の静かな時間とか、自分の小さいけど、わざわざ人に相談するまでもなくて悩んでることとかがあるときに、ふと寄り添ってくれる作品のような気がするんですね。『月とライカと吸血姫(ノスフェラトゥ)』は。どの目線で見るかにもよると思いますけど、自分の中の明るい部分もだけど、暗い部分にもちょっと光がさすような作品のような気がします。静と動でもあり、陰と陽でもあり…。折に触れて、繰り返し御覧いただけたら嬉しいです。
PROFILE
林原めぐみ(はやしばら めぐみ)
3月30日生まれ。東京都出身。声優のほか、ラジオパーソナリティーや作詞家としても活躍。主な出演作は『新世紀エヴァンゲリオン』綾波レイ役、『ポケットモンスター』シリーズ ムサシ役、『名探偵コナン』灰原哀役、『シャーマンキング』恐山アンナ役、『カウボーイビバップ』フェイ・ヴァレンタイン役などがある。
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▼月とライカと吸血姫公式サイト
tsuki-laika-nosferatu.com
▼月とライカと吸血姫公式Twitter
@LAIKA_anime
© 牧野圭祐・小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会