『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』DVD&ブルーレイ発売記念 橋本昌和(監督)×小林由美子(野原しんのすけ役)スペシャルインタビュー
今年、第1作公開から30周年、30作目を迎えた『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの最新作、『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』のDVD&ブルーレイ発売を記念して、橋本昌和監督と野原しんのすけを演じる小林由美子さんの対談をお届け。作品に込めた思い、あの意外なキャスティングについての秘話などを大いに語り合ってもらった。
──『もののけニンジャ珍風伝』の脚本を最初に読んだときの小林さんの感想はいかがでしたか?
小林もう、面白くて面白くて、あっという間に読んでしまいました。何度も笑ってしまったので、電車で読まなくて本当に良かったです(笑)。あとは、漫画でもアニメでも、いつもひょうひょうとしているイメージのあるしんちゃんが、ホロリと涙をこぼすような場面もあって、等身大の5才児の姿を垣間見たときに胸をつかれる思いがありました。それにしてもギャグのセンスは毎回すごいですね! 台本の時点で本当に笑わせていただきました。
──ちなみにお気に入りのギャグは何でしたか?
小林「忍法昼間のかーちゃん、日曜日のとーちゃん」とか「忍法どさくさの術」とか、とても思いつかないような忍法がたくさん出てきて、おみそれしました、って感じです(笑)。「ちゃん・リン・シャン」はドストライク年代なので、思わずアフレコの前に昔のCMを見たりして無駄な努力をしてみました(笑)。
橋本僕も思いっきり世代ですね。
小林みんなやってましたもんね。あれで親世代の私たちはグッと心を掴まれました。幅広いギャグが満載で面白かったです。
──橋本監督にお聞きします。今回の作品が「忍者もの」になった経緯を教えてください。30周年、30作目を迎える『映画クレヨンしんちゃん』で、忍者が登場するストーリーはありましたが、正面から忍者を扱った作品がなかったのは意外に感じました。
橋本実は忍者ものがなかったのは意識していて、いつかやりたいネタではあったんです。毎回のように話は出ていたのですが、テーマや他にやりたいことと噛み合わなくて見送られていました。今回は30周年なので原作のしんのすけ誕生のエピソードをやろうという話になり、これなら忍者と上手く組み合わせることができると思ったので忍者ものに決まったという流れです。
──ちなみに忍者ものというとどんな作品を思い出しますか?
橋本実はこれ、というものが意外とないんですよね。僕たちは『NARUTO -ナルト-』よりも前の世代ですし。子どもの頃に見た『忍者ハットリくん』でしょうか。ただ、今回『ハットリくん』の影響を受けているかというと、そういうわけでもないという(笑)。
小林私も『忍者ハットリくん』ですね。ほっかむりをして「ござる、ござる」と真似していました(笑)。あと、自分自身がけっこう忍者役を演じることが多く(『怪盗ジョーカー』のハチ役や『ニンジャラ』のバーン役など)、忍者に縁を感じていたので、「『しんちゃん』でまた忍者を演じることができるなんて!」と感動していました。
──忍者の里という設定は、忍者ものでは定番ですよね。
橋本シビアな忍者ものによく出てくる設定ですよね。漫画の『あずみ』などの重ための忍者もののイメージからスタートしている感じがあります。
今回は“巨大動物三部作”の集大成ということですね(笑)
──忍者ものに「もののけ」という要素が入ってきたのは、どのような経緯だったのでしょう?
橋本どういう経緯だったかなぁ……?(笑) 「地球のへそ」をどうふさぐかという話をしていたとき、「口寄せの術」(動物を召喚する術)のような忍法もいいんじゃないかと話になって、打ち合わせの動物を出そうという話になりました。僕の作品には今までにも『オラの引越し物語 サボテン大襲撃』(15年)の巨大なサボテンや『新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』(19年)の巨大なコアラと、わりと大きな動物が出がちなんですよ。だから今回は“巨大動物三部作”の集大成ということですね(笑)。
──たしかに忍者といえば、巨大なガマを操ったりするイメージもありますものね。
橋本映画的に派手なものを見せたいという気持ちはありましたね。コロナ禍などで子どもたちはストレスを抱えていると思ったので、地味でリアルな話にはしたくなかったんです。子どもが観て、スカッと楽しめるものにしたかったので、そういう意味で巨大な動物を出したんです。大きなものを操るのは、子どもは楽しいですからね。
──先ほどもお話が出ましたが、もう一つの大きな要素であるしんのすけの出生に関するストーリーは、『映画クレヨンしんちゃん』30周年を意識したものだったんですね。
橋本そうですね。逆に言うと、30周年を意識した部分はそれぐらいです。かなり早い段階でシンエイ動画のプロデューサーの近藤(慶一)くんから「原作にこういう話があるのですが、どうでしょうか?」と提案があって、そこから膨らませていきました。30周年であることを踏まえて、しんのすけが主人公であり、しんのすけが話題の中心にいる物語にしよう、という話をしていたので、出生の話を入れれば、しんのすけからズレてしまうことはないと考えていました。
川栄李奈さん&山田孝之さん登場!
──屁祖隠ちよめ役に川栄李奈さんを起用した経緯を教えてください。ゲスト声優は毎年恒例ですが、ここまでストーリーに絡むヒロインを演じるのは珍しいと感じました。
橋本特別ゲストの声優をどうするかという話があって、ちよめ役を誰にしようかという話になったとき、ちよめは映画の本筋にからむ重要なキャラクターなので、僕のほうから川栄さんでお願いしたいと伝えました。川栄さんが別のアニメで声優をされているのを観て、すごく芝居の上手い方だと感じていたんです。ちよめは感情を抑えていますが冷たい人間ではありません。川栄さんなら抑えつつ生っぽい感情の表現ができると感じていたので、ぜひとオファーさせていただきました。
小林さすがの演技力でしたね! ちよめは難しい役だと思うんです。忍者であり妊婦であって、自分が育った閉鎖的な場所で子どもには育ってほしくないと思っているのに抜け出せない。すごく心理描写が難しい役ですが、見事に演じられていました。女優さんとしてすごい人は声優さんとしてもすごいんだな! とあらためて感じました。芯のしっかり通ったヒロインを演じてくださって、すごく好きなキャラクターになりました。
──ちよめはお腹が大きいまま戦ってましたからね。
小林あんなに大きいお腹であんなに動けるわけがないというファンタジーの部分がもちろんあるんですけど、それをぜんぜん不自然に見せないようなリアルなお芝居を川栄さんがされているんです。忍術の息遣いにしてもリアルで、小さい頃から忍者の里で育っていると、妊婦さんでもこれだけ動けるのかな? と思ってしまうんです。そのあたりが、上手いな! さすがだな! と思いましたね。
橋本息遣いって難しいんですよね。アクションのときの「ハッ!」って声とか、慣れていないとすごく不自然になるんですよ。
小林普段から忍者としてこういう忍術を使っているんだな、ということが息遣い一つでわかるんです。この人は忍者なんだ、と思わせることができる息遣いなんて、なかなかできるものではないと思います。
──そもそも忍者の息遣いって僕らは聞いたことがないですからね(笑)。
小林それをリアルに表現できるのですから、相当研究されたんじゃないかなと思います。
──橋本監督は川栄さんに演技指導はされたのでしょうか?
橋本具体的な指示などはしていません。ちよめの役柄や置かれている状況などはできるだけ細かくお伝えしましたが、それを受け止めてどう表現するかは川栄さんにお任せしました。なるほど、ちよめってこういう人なんだな、とわかる演技になっていて、本当にお願いして良かったです。
──ゲストといえば、山田孝之さん演じるイケメンは途中まで本当に謎でした。一応、最後にネタバラシはあるのですが……。
橋本ひまわりも何かもののけの術を使ったほうがいいんじゃないかと思ったとき、まだ0才なので動物をあまり知らないと思ったんです。だとすると、イケメンが好きなので、イケメンが出てくるんじゃないかという発想です。脚本ではラストに巨大なイケメンが登場する予定でした、あのイケメンが巨大になったら主人公みたいになってしまうのでそれはやめました(笑)。
──山田孝之さんというキャスティングにも驚きました。
小林台本をいただいて、キャスト表を見たときに何がなんだかわからなかったですね(笑)。おまけに読み進めても笑っているだけですし。どういうこと? って。
橋本近藤プロデューサーと本当のイケメンが演じてくれたら面白いよね、と話していたのですが、近藤くんが実写の仕事で山田さんと接点があったらしく、自ら連絡をとってくれたところ、山田さんが笑っているだけの役を面白がってくれてOKをいただいたんです。すごくシャレのわかる方でよかったです(笑)。
忍者の里はカスカベより現実に近い場所
──ちよめがいる忍者の里は、非常に封建的で男尊女卑な場所として描かれていました。
橋本しんのすけたちが暮らしているカスカベは楽しくて平和な街ですが、実際の社会はそうではないですよね。現実と比べるとカスカベはファンタジーに見えると思います。今回は、忍者の里を現実の社会にある問題を濃縮して詰め込んだ場所として描いて、しんのすけがその中に入って社会を変えていくお話にしました。いつもはしんのすけたちがファンタジー世界に出かけて現実に戻ってくる物語ですが、今回は現実の世界に入っていってファンタジーの世界に戻ってくる物語になっているということですね。美術設定を塩澤良憲さんにお願いして、忍者の里の描写は少しリアル寄りにしてもらいました。
──抑圧的な忍者の里の象徴が長老ですよね。小林さんはどうご覧になりましたか?
小林いやー……会社とか町内会とか、社会の中の組織でよくいる人ですよね。それがリアルだなって思いました。長老みたいな人って、私も何人か出会ったことがあります(笑)。監督がおっしゃるように、忍者の里にもリアルが詰まっていますよね。妊娠や子育ては全部女性が一人で背負わなければいけないと思ってしまいがちなのに、まわりの環境もそう思わせるようなものになっている。ちよめは二重に閉鎖的な状況に置かれてしまっているんです。ちよめがみさえ母ちゃんと話すことで緩んでいく様子を見て、「そーだよ! そーだよ!」という感じになりました。ただ、ちよめは忍者の里を出たいんじゃなくて、忍者の里が好きだから、何とかしたいと考えているんですよね。その思いを感じて、せつなくなったりしました。
──長老の悪事もセコいんですよね。まわりには現代文明と触れ合ってはいけないと命令しているのに、自分は隠れてゲームをやっていたりとか。
橋本身の回りにいるそういう人って、カッコ悪いんですよ。理想を掲げて努力しているわけでもなく、口では厳しいことを言う裏で、自分にはものすごく甘かったりする。そういう意味では、カッコいい悪者にしたくありませんでした。こういう人はカッコ悪いんだよ、と。
小林長老が飛ばされていくところで映画館の子どもたちが笑っているのを見て、「こういう大人にはならないぞ」と思ってるんだな、と感じましたね。伝わってるなぁ、と思いました。
──長老をやっつけるのが、しんのすけたちではなくて長老の秘書だったのも面白かったです。
橋本今回はしんのすけたちの影響で里の人たちが変わっていく物語なので、長老の側にいる秘書が決断して追い払ってから前に進もうとするのが重要でした。忍者の里に新しい未来がやってくるターニングポイントが、あの行動なんです。
しんのすけが涙を流した“理由”
──しんのすけが離れ離れになった両親を思って涙を流す場面がありました。小林さんはどのように演じられましたか?
小林後半、ずっと「しんのすけ」と呼ばれずに「珍蔵」と呼ばれ続けているんです。アイデンティティでもある自分の名前を呼ばれないフラストレーションがずっと溜まっていたのと、これまではとーちゃん、かーちゃんと離れていてもカスカベ防衛隊などが一緒にいましたが、今回は完全にひとりでポツンと置かれているんですよね。忍者の里でお友達と別れて一人でとぼとぼと歩いているシーンがありますが、急にすごく寂しくなってホームシックになってしまったんだと思います。自分でもよくわからない寂しさが湧き上がってきたのと、夢の中で母ちゃんと父ちゃんに「しんちゃん」「しんのすけ」と呼ばれたことが重なって、我慢の限界に達してポロッと泣いてしまったんだろうなと思いながら演じました。
──ひろしとみさえとの再会シーンは感動的ですが、素直に甘えないんですよね。
小林そこがしんのすけだなと思います(笑)。弱い部分を才見せたくないから「汗臭いぞ」と悪態をつくんですけど、ふとリアルな5才児の素顔が見えるんですよね。よりしんちゃんが好きになった瞬間でした。でも、その前に再会したと思ったらゴリラだった、ってシーンがあるんです(笑)。私、映画館で4回観たのですが、4回ともドッカーンと爆笑でした。しんのすけが「オラは野原しんのすけだゾ!」と叫んでグッと来るんですが、その直後にゴリラでスッと涙がひく(笑)。で、その後にしんのすけと父ちゃん母ちゃんが本当に再会するんですよね。いかにも『クレヨンしんちゃん』らしい再会のさせ方だと思いました。笑えて、泣けて、でも笑えちゃうんですよね。
──しんのすけが泣くときは後ろ姿だというのが一つの定型でしたが、橋本監督はしんのすけが涙を見せるシーンをどのように決めたのでしょう?
橋本しんのすけを物語の中心に持ってくると決めたとき、観客の子どもたちが弱さも含めて共感できる部分があったほうがいいと思ったんです。しんのすけだって、さびしいときは泣いてしまうリアルな5才の子なんだよ、その上で、頑張るし、楽しいし、面白いよね、と。ちゃんと感情があったほうが、単に何も気にしない子よりも魅力的に見えると感じていました。しんのすけの強さの源は、ひろしやみさえ、風間くんたちがまわりにいることだと思ったので、みんながいなくなったらしんのすけだって寂しいよ、というのはどこかで絶対に描きたいと思っていたんです。再会したとき、素直に泣いたりしないのが、しんのすけらしいですよね。そこは大事な表現だと思いましたね。さんざん盛り上げておいてゴリラを挟むのが『しんちゃん』らしいと思います(笑)。ここは脚本のうえのきみこさんのアイデアです。直球に見せて変化球を挟むところがさすがですね。
──『映画クレヨンしんちゃん』は30周年、30作目を迎えました。あらためて『映画クレヨンしんちゃん』の魅力を教えてください。
小林30年続くこと自体がすごいことなのと、どれ一つとして同じ映画がないんですよね。30作ずっと観ていても飽きない、ずっと面白いのが『しんちゃん』映画のすごいところだと思います。
橋本小林さんのおっしゃるとおり、毎年違うのはすごいですし、30年経ってもまったく偉くなっていないところもすごいですよね(笑)。過去のものをもう一度やろう、ヒットしたものを繰り返そうという気持ちが現場にはなくて、「今年もバカなことやろうぜ!」と常に新しいところに向かっています。30年の積み重ねをいい意味で気にしていないんです。だから『しんちゃん』映画は古びないですし、いつも新しいんだと思います。
PROFILE
橋本昌和(はしもと まさかず)
1975年生まれ、広島県出身。代表作はオリジナルアニメ『TARI TARI』(監督・シリーズ構成・脚本)、オリジナルアニメ『天晴爛漫!』(監督・シリーズ構成・ストーリー原案)など。2013年から映画「クレヨンしんちゃん」シリーズを1年おきに担当し、『映画 クレヨンしんちゃん オラの引越し物語~サボテン大襲撃~』(2015年公開)ではシリーズ最高興行収入を記録。
PROFILE
小林由美子(こばやし ゆみこ)
1979年生まれ。千葉県出身。代表作は『デュエル・マスターズ』切札勝舞役・切札勝太役・切札ハム勝太役・切札ジョー役、『怪盗ジョーカー』ハチ役、『クレヨンしんちゃん』(野原しんのすけ〈2代目〉)など。
<発売情報>
Blu-ray
発売日:2022年11月11日
税込価格:¥5,280
品番:BCXA-1759
DVD
発売日:2022年11月11日
税込価格:¥4,180
品番:BCBA-5126
映画 クレヨンしんちゃん 公式サイト
映画 クレヨンしんちゃん 公式Twitter
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©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2022